「たった一人」に刺さればいいヤッホーブルーイングの勝ち筋は「全力でファンに楽しんでもらう」こと

SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部

「よなよなエール」「インドの青鬼」「正気のサタン」。個性際立つネーミングとカラフルなパッケージに、思わず目を止めたことがある人も多いのではないでしょうか?コンビニやスーパーで一際目を引くこれらの製品を手がけるのは、株式会社ヤッホーブルーイングです。

国内のクラフトビール市場でトップシェアを誇るヤッホーブルーイングですが、一時期は倒産寸前まで追い込まれたことも。そこから、誰もがその名を知る有名ブランドにまで駆け上がった背景には、インターネット販売での成功や、エンターテインメントを軸にしたビールづくりがありました。

最後の砦だった楽天市場への出店

ヤッホーブルーイングが楽天市場に出店したのは、楽天市場がオープンした1997年のこと。ネットショッピングがまだ主流ではない当時、インターネット通販に注力したのは「先見の目があった」わけではなく「追い詰められた末の最終手段だった」そうです。

「私たちの販売するクラフトビールは、当時『地ビール』と呼ばれていました。1999年頃までは地ビールブームの影響で売上も好調でしたが、徐々に『価格が高い・美味しくない』などネガティブなイメージが浸透し、ブームが終息していきました。その煽りを受ける形で製品が途端に売れなくなったんです。

スーパーや酒屋さんで製品を扱ってもらえなくなり、最後に残った手段がインターネットによる通販でした。ですから1997年に出店はしていたものの、実際に注力し始めたのは売上が不調になった2004年頃です。それまではほとんど放置状態で注文も皆無だったので、実質ゼロからの立ち上げでしたね。

店頭販売が厳しくなった頃には、EC担当者もすでに辞めていたことから、井手さん自身が運営を担当することに。しかし、井手さんはネット通販で買い物をしたことがないほどのインターネット初心者でした。そこで楽天市場が運営する「楽天大学」という新規出店者向けの講座に通い、メルマガの書き方やトップページの作り方まで、基礎を学んでいきました。

代表取締役社長 井手直行さん

ビールを売りたいなら「お客様と一緒に楽しむ」べき

基礎を学び運営を始めたものの、当初は売上が上がらず悶々とする日々が続いたそうです。ネット通販では製品ラインナップが豊富な方が売れやすいと言われる中、当時扱っていた製品は「よなよなエール」の1種類のみ。そんな不利な状況で、現状打破のヒントになったのは楽天大学の講師のある一言でした。

「うちはメーカーなので定価販売のみでセールもできない。メルマガを送ってみても全く響かない。どうすればよいか途方に暮れていました。そんな中で講師から『楽天市場が掲げているのはShopping is Entertainment!です』と言われたんです。

Shopping is Entertainment!とは、お客様との間に会話や楽しみが生まれる売り方です。例えば魚屋さんが『今日はこんな新鮮な魚が入ったよ!』と声かけする、あの活気ある雰囲気のこと。多くのネット通販が掲げる『販売を効率化する仕組み』と対極の考え方でした。」

「Shopping is Entertainment!」を知ったことで、一気に考え方が変わった井手さん。次々と個性的な企画を打ち出していきます。

「最初に思いついたのは、よなよなエールを使った面白い写真を送ってもらう『びっくらこいた写真展』です。すると予想以上に多くの写真が集まりました。中には、月食の日に『よなよなエールと同じ形の月を東京で撮ろうとしたけど曇っていたので、急遽会社を休んで富士山の9合目まで登って撮影しました!』なんていう方もいて。流石にこの方が優勝でしたね。

他にも、50年分のビールを450万円でプレゼントする『夫婦幸せ50年セット(1組限定)』という販売も企画しました。毎月夫婦で2ケースビールを飲み続けると50年で約750万円になるのですが、この企画だと300万円分がお得になります。ただし『現金一括払い』など、半分ジョークのような条件付きにしました。すると、『もう少し値引きしてもらえませんか?』といった駆け引きを楽しむ問い合わせが殺到して。結局、購入者は現れませんでしたが、話題が広がり、自然と売上も伸びていきました。

大手のようにCMを打てるような資金力もなかった当時、お客様とのやりとりを通じて、知名度が自然と広がる様を目の当たりにした井手さん。「ただのクラフトビールメーカー」ではなく「ビールを中心としたエンターテイメント事業」へとシフトするきっかけとなったそうです。

100人いれば1人に刺さるビールをつくればいい

口コミやファンの熱量が、事業成長の大きな支えとなっていったヤッホーブルーイング。今ではファンコミュニティが生まれ、ファン自身がイベントを運営するほどに輪が広がっています。そんな熱量の高いファンを生み出すために、ビールづくりにおいて意識しているのが「100人中1人に刺さるビール」だそうです。

「お客様の熱量を高めるために重要なのは、『これこそ自分が探していたビールだ』と感じてもらうことです。そのために、私たちはターゲットをかなり絞ってビールをつくります。大手メーカーの場合は、大勢に飲んでもらうために100人中99人が美味しいと思えるビールを目指します。その結果、尖った製品がつくりづらく、各社こだわりがあるけれど、他社のビールと似てしまう傾向があるんです。

一方で私たちは特定のターゲットに対して何度もインタビューを行い、潜在的なニーズを深堀りします。例えば 『夜は仕事があるから飲むのを控えている』という話が出たとして、ここからは『美味しいクラフトビールが飲みたいけど酔いたくない』というニーズが汲み取れます。このニーズから誕生したのが微アルコール飲料『正気のサタン』です。開発にはかなり試行錯誤しましたが、国内外の品評会では賞を受賞し、同業他社からも 『0.7%でこの味わいはすごい』と評価されるクラフトビールに仕上がりました。」

「こうしてターゲットを狭く深く設定することで、少数でも長く飲み続けてくれるファンが生まれます。それを積み重ねていけば、市場シェアも徐々に広がっていくはずです。1人に向けてつくったはずのビールが、結果的に10人、20人と想定以上のファンを惹きつけることもあります

味だけでなく、パッケージやネーミングも同じ考えでつくっています。特定の人に『興味を持ってもらう』ことを重視したユニークなコンセプト、いざ手に取って飲んでみると『すごく美味しい』と感じる高い品質。この2つは徹底していますね。」

ファンの熱量こそが会社を押し上げた

こうして全国にファンを増やし続けているヤッホーブルーイングですが、特に注目すべきはファンコミュニティやイベントの活発さです。2018年に開催された「よなよなエールの超宴」では、約5000人もの集客を達成。こんなにもイベントに力を入れる理由はどこにあるのでしょうか。

「初めてオフラインイベントを開催したのは2010年です。全国から40名ほどのファンが駆けつけてくれて、その時の顔ぶれはよく覚えています。北海道から参加していたご夫婦とは2018年のお台場でのイベントで8年ぶりに再会して、込み上げるものがありましたね。最初は、『とにかくお客さんと直接つながる場をつくりたい』という純粋な動機でした。でも、やってみると想像以上に大きな効果がありました。」

※第一回 ファンイベント「宴」の様子

「効果の一つ目は、ファンとの絆づくりに注力するきっかけとなったことです。我々は大手メーカーのように新製品を次々に開発する戦略はとれないので、『こうやってファンを1人ずつ増やしていく方法がマッチしている』と気づかされました。二つ目は、お客様が友人を誘って参加してくれるようになり口コミとしても絶大な効果があると確信しましたね。三つ目はイベントに参加する社員の意識も変わりました。お客様が目の前で喜ぶ姿を見て、『もっと美味しいクラフトビールをつくりたい』と全社的にモチベーションが高まりました。」

※超宴2024の様子

「ビールを体験する」という新たな形

ファンとの強い繋がりを基盤として、国内ではすでに高い知名度を誇るヤッホーブルーイング。今後は「ビールを中心としたエンターテイメント」を提供するために、国内外でさまざまな施策を考えているそうです。そのコンセプトは「地域ならではのブランド体験」。その壮大な構想を伺いました。

「地域ならではのブランド体験の足掛かりとしては、地域ごとにパートナーと連携した取り組みを進めています。ひとつは2023年3月に株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントと組んで、北海道日本ハムファイターズ新球場『エスコンフィールドHOKKAIDO』に『そらとしば by よなよなエール』というクラフトビール醸造レストランをオープンしました。

この施設では、ただビールを提供するだけでなく工場見学ツアーを実施したり、ファンイベントの拠点にしたりしています。地域の方々が自然に集まるような『コミュニティの場』を目指しています。」

※そらとしば by よなよなエール ©H.N.F.

「また、大阪の泉佐野市と組み、りんくうタウン駅前に体感型ブルワリー「ヤッホーブルーイング大阪醸造所 よなよなビアライズ」 を建設中です。これは、2026年夏までにオープン予定の「クラフトビールを楽しめるエンターテインメント性を兼ね備えた体感型ブルワリー」です。よなよなエールをはじめとするクラフトビールの製造工程を、間近で楽しめるようになっています。関西空港からのアクセスが良いため、インバウンドの方にも注目してもらえると期待しています。」

※よなよなビアライズ

「他の地域でも、自治体や企業と協力しながら、『地域の盛り上げ』や『ファンコミュニティの強化』に取り組んでいるところです。ビールファン、地域住民、そしてインバウンド観光客。私たちは、さまざまな人たちをビールを通じて繋げていきたいんです。目指すところはただのクラフトビールメーカーではない。まだどこも実現していない『ビールを中心としたエンターテイメント企業』です。」

株式会社ヤッホーブルーイング

代表者:井手直行
住所:本社 長野県軽井沢町長倉2148
電話番号:050-3358-6427
公式サイト:https://yohobrewing.com/
Instagram:https://www.instagram.com/yonayona.ale/
公式通販サイト「よなよなの里」:https://yonasato.com/ec/

こんな記事も読まれています

これであなたもクラフトビール通!歴史から選び方まで徹底解説
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
辺境の地、日本から世界へ。Far Yeast Brewingが挑む「ビールの個性を取り戻す」クラフトビール造り
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
世界で唯一の「木桶仕込みビール」。創業120年の地酒専門店だからこそ造れる味わいに迫る
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
上に戻る