日本酒を飲んだとき、みなさんはどんなふうにその味を表現しますか?「コクがある」「まろやか」「辛い」「ふくよか」。これ以外にも日本酒の味わいを表す言葉は数えきれないほど存在します。それだけ日本酒は繊細な味の違いが楽しめる、奥深いお酒なのです。
この10年、獺祭の人気をきっかけに、日本酒は静かなブームとなっています。ファッションブランドとのコラボや、日本酒に特化したスタートアップ企業の急成長。日本酒市場が広がりを見せている理由は、日本酒の味わいの幅広さが、業界を問わず面白いアイデアにつながる可能性を秘めているからです。
日本酒造りの歴史は古く、時代の経過とともに複雑な製造工程へと進化してきました。そして工程の複雑さゆえに、造り方に細かな違いが生まれるようになりました。今回は、基本的な日本酒の造り方や古くから確立されている伝統的な製法、それぞれの味わいの特徴まで、奥深い日本酒の世界をご紹介します。
日本酒造りの始まりは、稲作が中国より伝来した、2300年前の弥生時代にまでさかのぼり、映画『君の名は。』でも話題になった「口噛み酒」がルーツといわれています(※)。そのため、日本酒造りの「醸す(かもす)」という表現は、「口噛み酒」の「噛む(かむ)」に由来しているという説もあります。
※稲穂のカビを利用して米を糖化させる方法や、稲作伝来時に中国より麹を利用した酒造りの技法が伝わった、など日本酒の起源には諸説あります。
今回は、そんな「口噛み酒」のルーツから、日本酒の作り方を探っていきたいと思います。
口噛み酒の造り方はいたってシンプル。水とお米を口に入れて噛み、それを容器に入れて一晩以上置くと完成です。ご飯を噛んでいて甘いと感じたことはありませんか?実はそれこそが日本酒の原点なのです。
唾液中の分解酵素である「アミラーゼ」には米のデンプンを糖に変える働きがあります。アミラーゼによって分解された糖を容器に入れて放置しておけば、空気中の酵母が糖をアルコール発酵させ、お酒ができあがります。気になる味わいは、ヨーグルトのような酸味が特徴的。お酒は神事に使われることが多く、直接口に含んで造るため、虫歯などがない健康な若者が望ましいとされていました。
日本酒が神事に使われた名残は現代でも残っており、豊作祈願で供え物としたお酒を後に皆で分かち合うのは、飲酒文化の原点ともいえる習わしです。
日本酒のルーツである「口噛み酒」は、「噛んで」「待つ」という実にシンプルなお酒でした。しかし時が経つにつれて、日本酒の造り方は「並行複発酵」という全16工程にも及ぶ複雑なものへと進化を遂げます。これはワインやビールといった醸造酒と比べても、類を見ないほど時間と手間、技術を要する製造方法といわれています。
醸造酒は、「発酵」という、微生物の糖類やタンパク質などを他の物質に変化させる働きを利用して製造されます。そして「単発酵」「単行複発酵」「並行複発酵」など、発酵の種類によって分類できます。
「単発酵」の代表格はワインです。ブドウなどの果実そのものの糖に酵母が合わさりアルコールとなります。人類が初めて発見したとされるきわめてシンプルな発酵方法です。
「単行複発酵」の代表格はビールです。大麦の麦芽を麦芽酵素によって糖化(麦芽糖)し、麦汁を製造。麦汁をろ過したものにホップを加えて殺菌した後、酵母を添加してアルコール発酵を進めていきます。
そして「並行複発酵」で高いアルコール分を得て造られているのが日本酒です。これは、米麹に含まれる酵素によって酒米を糖化しますが、この糖化と同時にアルコール発酵を行うことで、酵母の活動が活発化するためです。
単発酵(例:ワイン) | 糖分(ブドウ糖)+酵母→アルコール |
単行複発酵(例:ビール) | ①大麦+麦芽酵素→麦芽糖 ②麦芽糖+酵母→アルコール |
並行複発酵(例:日本酒) | 米+米麹→ブドウ糖+酵母→アルコール |
日本酒には、普通酒・本醸造酒・吟醸酒・大吟醸酒・純米酒など多くの種類がありますが、これは日本酒の製造工程やアルコール発酵までの過程が複雑なためです。日本酒の製造工程は全16工程にも及び、原料の処理から瓶詰めに至るまで、約60日間かけてじっくりと造られます。
ここからは、その工程を細かく解説していきます。なお、原料処理や、製麹の行程もさらに細分化されるなど、厳密にはもっと細かく繊細な行程があります。
酒米の表層に含まれる脂質やタンパク質を落とす作業です。これらの栄養素は雑味の原因となるため、普段食べる食用米よりも多く表面を削ります。削り取る割合は日本酒の種類によって異なります。
日本酒用の竪型精米機の発明によって、酒米を60%削り取る(精米歩合40%)大吟醸もあれば、近年では90%以上も削り取る(精米歩合10%)のようなお酒が登場しています。精米歩合40%にするためには、約48時間もの時間が要するとされています。
精米後の熱を持った米の温度を下げ、米内部の水分を均一化するために、冷暗所で2〜3週間ほど保管します。
精米された米の表面の糠(ぬか)や米くずを洗い落とします。洗米時に酒米は1〜2%消耗するので、磨かれた割合が高い白米ほど細心の注意が必要になります。
糖化させやすくするために、酒米に水を吸わせます。目的は、蒸しの際に必要な水分を米に吸収させることです。浸漬の時間は米を削る割合や品種、水の温度、天気、気温、湿度などの条件によって異なります。過剰な吸水を防ぐために、秒単位で計測しながら浸漬を行う蔵もあります。
水をしっかりと切って酒米を蒸す作業です。熱い蒸気で加熱することで、酒造りに適した水分量に調整していきます。理想は麴菌が内までしっかり入り込むような、外側が硬く、内側が軟らかい状態。蒸米は麹用と仕込み用に分けられます。蒸米の出来映えは、製麹やもろみ仕込みに多大な影響を及ぼすので、特に細心の注意が払われます。蒸し後は、蒸米の温度を下げる放冷を行います。
製麹の目的は、麴菌を蒸米に繁殖させることのほか、酵母に対する栄養源の供給や、麹由来の香味成分の生成もあり、日本酒の品質に最も影響するとされています。日本酒造りにおいて「一麹、二酛、三造り」という言葉がある通り、とても重要な工程です。
麹造りは室温が30℃〜38℃前後、湿度が60〜70%に保持された麹室(こうじむろ)と呼ばれる部屋で、以下の手順で行われます。
「一麹、二酛、三造り」の「二酛」にあたる工程で、アルコール発酵に欠かせない酵母を大量に培養します。近代的な成法である乳酸添加法(速醸系酒母)で造る場合は、酒母用の小型タンクに、麹・蒸米・水・酵母・乳酸を入れ、櫂棒(かいぼう)で均一になるようにかき混ぜ酒母(しゅぼ)を造ります。タンクは蓋をせず開放状態で、厳重な温度管理のもと、約2週間かけて酵母を培養します。
酒母に、麹・蒸米・水を徐々に加え発酵させて、もろみを造る作業です。もろみ造りの目的は、アルコール発酵を行うことです。必要な原料を「添(そえ)」「仲(なか)」「留(とめ)」の3回に分けて仕込むので「3段仕込み」と呼ばれます。酵母数や酸、アルコールが雑菌に汚染されるのを防ぐため、3段階に分けられています。
約3週間〜5週間かけて本格的なアルコール発酵が始まります。この際温度管理は約15℃前後で厳密に管理されます。もろみの温度管理は低くても、高くてもメリット、デメリットがあり、お酒の種類などによって繊細に管理されています。
アルコール発酵が終了したもろみを搾り、原酒と酒粕に分ける工程です。大吟醸酒だと酒粕の割合は50〜60%ほどで、酒粕が多いほど贅沢なお酒となります。搾りは、「槽搾り」、「袋搾り」、「にごり酒」などいくつかの種類に分かれます。さらに「あらばしり」、「中取り」、「せめ」といった抽出する部分によって、異なる商品として出荷されることもあります。
搾り後は、まだ細かな米粒や麹などの固形物が残っています。これは「滓(おり)」と呼ばれ、滓をタンクに沈殿させる滓引きを行います。この際、少し濃厚でしっかりした味に仕上げたい場合は、滓を少し混ぜて「おりがらみ」と呼ばれる商品とします。搾り方によっても多種多様な日本酒が生まれるのです。
搾った原酒の中の残存物を除く作業です。ここでろ過しないものは「にごり酒」となります。
品質劣化の原因である微生物(糖化酵素や火落ち菌)の殺菌と除去をすると同時に、酵素の働きを止めて酒質の劣化を防ぎます。ここでの火入れに加えて、瓶詰め直前に2回目の火入れを行うのが通常です。
火入れした日本酒を飲み頃の味わいになるまで酒造タンクで熟成させます。熟成期は数週間から、長い場合は1年かかるものもあります。
熟成期間を置かずに直ぐに出荷されるものは「新種」、「しぼりたて」、冬場に造って春に搾り、夏まで熟成させて秋に出荷するお酒は「ひやおろし」と呼ばれます。
熟成期間で大切なのは「温度」です。お酒の種類によって、マイナス5℃〜25℃の範囲で厳格に温度管理され、お酒の味わいを調整していきます。
貯蔵後はタンクごとに異なる酒質を一定化するための調合を行います。蔵によっては、製造年ごとにブレンドすることもあります。
調合後に仕込み水を加える作業です。アルコール度数と香味のバランス調整を行います。
割水後に脱色や香味の調整を目的にろ過をすることがあります。
多くの場合、瓶詰めの直前に2回目の火入れを行います。お酒の酒質を安定させ、保存性を高める目的があります。
以上の16工程が基本的な造り方ですが、製造工程を省いたり、温度設定を変えることでお酒の品質は大きく変化します。
一方、濾過後の火入れのみ行う「生詰め」、2回目の火入れだけ行う「生貯蔵」、火入れを行わない「生酒」と呼ばれる日本酒も存在します。さらに、ろ過をしない「無濾過」、火入れもしない「生」、割水もしない「原酒」を組み合わせた、「無濾過生原酒」というお酒は近年人気の高まりを見せています。このように、純米吟醸などの特定名称酒に限らず、製造工程によっても味わいが大きく変化するのが日本酒の特徴なのです。
その中でも味わいに大きな影響を与えると考えられているのが「酒母造り」です。
「酒母造り」はアルコール発酵に欠かせない酵母を、大量に培養する重要な工程です。その中で、雑菌や微生物の繁殖を防ぎ、安定した環境で酵母を増やすためには、酒母を酸性に保つ必要があります。
そこで重要になるのが乳酸です。この乳酸を人工的に添加するのが「速醸系酒母」、自然発生させるのが「生酛系酒母」です。「生酛系酒母」は、さらに「生酛造り」「山廃造り」の2種類に分類され、ここでも味や風味の違いが生まれます。
日本酒の9割は「速醸系酒母」で造られています。別名「速醸造り」とも呼ばれます。製法が確立された1910年当時、酒造り業界の革命的な発明と言われたほど、造り手の負担を軽減する画期的な製造方法でした。
蒸米・麹・水の中に人工の乳酸を直接加えることで、酒母を酸性に保ち、雑菌が増殖することを防ぎます。乳酸の自然発生を待つ必要がないので、環境や気温に左右されずに安定した環境で酵母を増やすことが可能になります。この製造方法により、酒母を造る期間は30日から15日程度に大幅短縮され、一定の品質を担保できるようになりました。
速醸系酒母で造られた日本酒の味わいは、甘口から辛口、華やかなものからふくよかなものまで千差万別。香りが立ちやすく、さっぱりとした淡麗さがあるのも特徴です。劣化しづらい酒質であり製造工程でアレンジを加えやすいため、様々な風味や香りの日本酒ができあがります。
「生酛系酒母」は江戸時代元禄期に確立された伝統的製法です。自然の力に頼る部分も多く、職人の優れた技術と労力が必要なため、この製法で造られる日本酒は全体の1割程度とされています。
造り方には「生酛造り」と「山廃造り」の2種類があり、両者共に、蒸米・麹・水の中に、酒蔵に生息する乳酸菌が自然発生するのを待つ、という根気のいる作業工程が入ります。
加えて「生酛造り」では、お米が溶けやすくなるように、酒母に投入されたお米をすりつぶす「山卸し(やまおろし)」という作業を行います。「山廃造り」では、山卸しの代わりに、あらかじめ仕込み水に麹を入れて一定時間漬け込んだ後、麹の持つ酵素を仕込み水に溶け込ませる「水麹」を使います。
「生酛系酒母」は、自然の力ならではの骨太でコシの強い味わいが特徴です。特に「生酛造り」は透明感のある柔らかな酒質、「山廃造り」はより酸味が強く複雑でコクのある味わいを楽しむことができます。
「速醸造り」「生酛造り」「山廃造り」それぞれの製造過程を知ると、味わいの特徴がより際立って感じられるはずです。ぜひ飲み比べをして、自分の好みの味わいや合う料理などを探してみてください。
手間と労力のかかる製法として「生酛系酒母」を紹介しましたが、実はこの難易度の高い手法で日本酒を造る酒蔵が増えています。本メディアで取材した、泉橋酒造や惣誉酒造、せんきんもその一例です。生酛造りを採用する理由として多く語られるのは、海外での日本酒造りが増加し、より希少性の高い日本酒が求められるようになった、という時代背景です。
海外でも日本酒が気軽に購入でき、日本にも海外産の日本酒が輸入されるようになった今、日本酒にも「日本ならではの独自性」が求められるようになりました。そこで世界的に主流な「速醸造り」より、伝統的製法である「生酛造り」「山廃造り」の方が、より希少価値が高く、「日本らしさ」をアピールできると考える酒蔵が多くなったのです。
また、「生酛系酒母」は自然の力を利用するため、菌が厳しい環境下にさらされます。結果、アルコール耐性が強く生命力の高い酵母が生み出され、雑味がなくキレのよい独特な味に仕上げやすいとの意見も聞かれるようになりました。
生酛や山廃酛ならではの濃醇な酒質と、発酵力が強く長期間保存しても酒質が劣化しないという特徴が強みとなり、「日本ならではの日本酒」が実現するのです。
同じ「生酛造り」の中でも、まったく人の手を加えず自然の力だけを頼りにする製法、科学的データと組み合わせて厳密な管理を取り入れた製法など、酒蔵によって独自の製造方法も生まれています。
「生酛造り」に限らず、造り手の探求心や工夫によって、新たな味わいの日本酒が次々と生みだされています。日本酒造りは、伝統ある日本文化でありながら、どんな変化もいとわない、大きな可能性を秘めたお酒なのかもしれません。これから世界を舞台にどのような「日本らしい日本酒」が生みだされるのか、期待が高まります。
事業再構築