日本酒造りのカギは米作りにあり?国内でも珍しい「栽培醸造蔵」泉橋酒造のお酒の秘密に迫る

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神奈川県海老名市。にぎわう駅前のショッピングモールから、車で10分ほど離れた場所にあるのが今回訪れた泉橋酒造です。都心からほど近い場所にあるにもかかわらず、周りは田んぼに囲まれています。それもそのはず、泉橋酒造は全国でも数少ない「栽培醸造蔵」(※1)として、酒造りに使う酒米の栽培から自社で行う蔵なのです。一体なぜ米作りに取り組むようになったのか。6代目蔵元の橋場友一さんにお話を伺いました。

変化のために約50年ぶりに米作りを再開

「実は、『酒蔵を本業で始めたところはない』とよく言われていて、別の仕事から変化して、結果的に酒蔵をやる家が多かったとされています。うちも、もともとは農家だったようです」

過去帳をもとにそう語る橋場さん。いまでは珍しい米作りから自社で行う酒蔵のルーツをたどると、江戸時代にありました。泉橋酒造の創業は1857年(安政4年)。江戸時代初期から海老名の地域に暮らす農家であった橋場家が、栽培したお米を使って江戸時代の終わり頃からお酒造りを始めたのです。

長い間、自分の家で採れたお米を使って酒造りを行っていた泉橋酒造ですが、1942年から一度「栽培醸造蔵」としての活動は中断しています。その背景にあったのが「食糧管理法」です。戦時下における管理として、栽培された米は全て農協に販売し、酒蔵は農協から米を購入する必要がありました。自社で作った米であってもそのままお酒にすることはできなかったのです。多くの酒蔵が米作りを辞めざるを得なくなり、泉橋酒蔵も例外ではありませんでした。その後、54年の時を経て1996年に米作りを再開することに。一体どんな思いで米作りを再開したのでしょうか。

「1996年から法律が変わって家で作ったお米を使ったり、地元の農家さんから直接買ったお米を使ってお酒造りができるようになりました。当時26歳の僕は会社を辞めて地元に戻って、すぐに米作りに取り組み始めました。米作りをしたかった理由は大きくふたつあって、ひとつはお酒を売るために新しい取り組みをする必要があったこと。酒屋さんから、スーパーやコンビニなどお酒が並ぶ場所が多様化する中で、どうにか日本酒も酒蔵も変化しなければ生き残れないという思いがありました。もうひとつは、小学生の頃の少し暗い思い出を晴らしたかった。実は僕が小学校6年生のときに父親も田んぼで酒米を作っていたのですが、食糧管理法があったのでお酒にできなかったんです。食卓に漂う『負けた』感を思い出して、再挑戦したいと思いました

初めての田植えから試行錯誤の連続

とはいえ、突然再開した米作りには多くの壁があったはず。右も左も分からないままに米作りに取り組み始めようとしていた橋場さんを後押ししてくれたのは、「田植えイベント」の開催だったと言います。

「いくら法律が変わっても、前例がなくて、不安なところは多かったですね。そんな中で、ホームページに田植えイベントのお知らせを掲載してみたんです。当時はまだインターネットが使われ始めたばかりで、面白かったのか新聞にも告知が載ったんです。そうしたら、いろいろな場所から人が集まって、最終的には70人くらいが集まりました」

イベントは大成功を収め、見事に初回の田植えを終えました。しかし、良いお酒を造ろうとしたら欠かせないのが農家さんの協力です。現在では、泉橋酒造では、地元の農家さんらと「さがみ酒米研究会」を組織し、約46ヘクタール(東京ドーム約10個分)もの田んぼで酒米を作っています。ここに至るまでの道のりも決して簡単なものではありませんでした。

「仲間集めも苦労しましたね。まだ若くて農業をしたことのない僕に、農家さんも『大丈夫?』と不安そうでした。でも、地元の消防団に入ったりしてなんとか繋がりを作って、専業農家で当時まだ30代〜40代のぴかぴかのメンバーが集まってくれました。とは言っても最初は、山田錦や雄町などの種を持ってきても、誰も植えたことのない品種だからいつ芽が出て、穂が出て、どのくらいの丈になるのか分からない。そんな状況で本当に研究しながらお米を作っていました」

試行錯誤の末、初めての商品化に至ったのは2000年のこと。地元のものを使って、自社で一貫した生産を行う、心に描いていた理想を叶えられたと橋場さんは語ります。

「自分たち、もしくは契約農家さんと一緒に育てたお米を使って、精米も醸造も自分たちで行う。そして全て純米酒(※2)である。そんな一貫生産をするのが理想でした。地元の土と水と太陽を浴びたお米をそのまま活用して商品にできたのはうれしかったし、今でもうちの商品の一番の特長だと思っています

お米と水というシンプルな素材だけで造る純米酒にとって、酒米の品質はお酒の出来を左右する一番のポイントといっても過言ではありません。「良いお酒を作るために最適な米を自分たちで選ぶために、自分たちで米を育てている」、そう橋場さんは語ります。適切な肥料の量をコントロールした土づくりから、減農薬での栽培、精米まで、自社で管理するからこそ徹底した品質管理ができるのです。

伝統的な方法にこそ合理的な良さがある

泉橋酒造のこだわりの米を活かすのが、丁寧な醸造です。農家さんと共に米作りをしているからこそ、それぞれの米の特性を活かしたお酒造りができるとのこと。生産したお米は全て自社で精米し、田んぼごとの個性を引き出しています。そして、麹となるのは46ヘクタールの米のうち、たったの2割。麹の質でお酒の質が変化するため、厳選した高品質な米だけを麹にします。そんなお酒の仕上がりの要となる麹造りを支えるのが麹蓋(※3)の活用です。

「麹は全て麹蓋をつかって作っているんです。米作りと同じように、麹蓋を使う酒蔵も今ではかなり珍しくなってきています。他の会社の方にも『もうちょっと楽にした方がいいんじゃない?』と言われることもありますが、この麹蓋はすごく合理的な道具なんです。指1本分ずつ麹蓋同士の隙間を変えることで、湿度や温度を細かく調整できます。大きな機械でやると、プログラムを変えなければいけなくなるけれど、この方法なら米の状態を見ながら決められます。技術は要るけれど、年数を重ねて上達してきました」

そうして出来上がった泉橋酒造の商品の多くには、印象的な赤とんぼのモチーフが施されています。泉橋酒造といえば赤とんぼというくらい定着したこのモチーフにはどのような意味が込められているのでしょうか。

「最初は、ハンコ用に作ったマークでした。農業を始めたばかりの頃から、田んぼという環境やそこで育つ生物を大切にしようと思っていました。トンボは田んぼで育つので、トンボがちゃんと成長できるような田んぼであることを目標にしています。今では全部の商品のうち6割くらいがトンボのマークが入っています」

海老名市の協力を得て酒米の栽培を行う泉橋酒造の田んぼには冬の間も水が張られています。これは冬期湛水と呼ばれる農法で、田んぼに栄養を蓄え、微生物なども暮らしやすい環境を保全する取り組みです。お酒を飲む人間だけではなく、地球や他の生物にとっても美味しい農業と言えるでしょう。

食べながら飲む、日常になじむお酒

数々のこだわりが詰まった泉橋酒造のお酒は、一体どんな味なのでしょうか。国内外で巻き起こる日本酒ブームの中で、際立った香りの強さや甘味のあるお酒も人気ですが、それらとは一線を画す特徴がありました。

私たちのお酒は、仲間たちで集まって喋りながら、自然にずっと飲み続けたくなるようなものをイメージして作っています。やや辛口ですっきりとした味わいが特徴です。冷たい状態でも、お燗にしても飲むことのできるので、いろいろなシーンで楽しんでいただけるかと思います。海外を中心に日本酒のコンテストが流行していて、そこでは強い香りがあったり味が濃いものが好まれがちです。もちろんそれはそれで美味しいのですが、私たちのお酒は日常的に食事に合わせて飲むようなお酒だと思っています

20種を超える商品をラインナップしている泉橋酒造。季節に合わせた商品やギフトなど特別なシーンにもピッタリなお酒も揃えています。その中でも、まさに泉橋酒造を代表するのが、「恵 青ラベル 純米吟醸」。2000年にできた、泉橋酒造で初の商品でもあり、一番人気の商品でもあります。

「すごく悩んだのですが、自然や太陽など、お酒造りに関わる様々な恵みに感謝したいという気持ちから「恵」と名付けました。コロナ禍で特に買っていただくようになったのですが、自宅の食卓の上に置いてあっても違和感のないお酒なんです。特別なお店で料理を合わせてもらわなくても、比較的家庭料理とも合わせやすいので、人気です」

「酒造りは米作りから」の信念のもと、泉橋酒造は挑戦を重ねてきました。橋場さんにとって日本酒の魅力とはどんなところにあるのでしょうか。最後に伺いました。

人と楽しく語らって、意思疎通を図る手助けをしてくれるものだと思っています。もちろん飲みすぎはだめですよ。でも、飲みすぎちゃうのも楽しいからですよね。そんな風に空間を演出してくれるものだと思っています。それから、機能的にも食事をより楽しくしてくれるものだと思っています。日本酒は、生魚やシンプルに焼いたお肉と一緒に食べられますよね。これは、日本酒のうま味であるグルタミン酸と、魚やお肉のうま味であるイノシン酸の相性がいいからなんです。グルタミン酸とイノシン酸が合わさると日本の出汁と同じようなうまみ成分が口の中に生まれることになります。料理をもっと楽しませてくれるのも、お酒の魅力だと思います」

今でこそ、新しいように見える「栽培醸造蔵」のルーツをたどり、江戸時代までさかのぼることになるとは驚きでした。「酒造りは米作りから」のスローガンは、もしかしたら江戸時代には当たり前だったのかもしれません。法律や歴史によって距離のあいた、農業とお酒造りを結び付ける動きが、泉橋酒造によって生み出されています。ワイン作りにおいてブドウ作りの研究や実践が盛んなように、お酒造りにおいてもお米作りの研究が進むことで、まだ見ぬ新しいお酒と出会えるのかもしれません。

泉橋酒造株式会社

代表者:橋場友一(6代目蔵元)
住所:神奈川県海老名市下今泉5-5-1
電話番号:046-231-1338
公式サイト:https://www.izumibashi.com

※1 農業から醸造まで一貫して行う酒蔵のこと。泉橋酒造株式会社の登録商標(登録商標第5931100号)。
※2 米、米麹、水だけで作られた日本酒。吟醸酒や本醸造酒など、純米酒でない日本酒には「醸造アルコール」が使用されている。
※3 麹つくりのために昔から使用されている小型の箱のこと。

撮影:関口史彦(オフィシャルサイト

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