国内のビール市場が縮小する中で、今急速な成長を見せているのがクラフトビールです。クラフトビールの醸造所数は2023年で705社(※1)と、5年前に比べ約2倍にまで増加しています。
今回取材に伺った山梨県も、クラフトビールブームの影響を大きく受ける地域のひとつ。ここ数年で大小さまざまな醸造所が設立されています。
多摩川の源流が流れる自然豊かな土地、山梨県小菅村に本社を構えるのは、クラフトビールメーカーのFar Yeast Brewing株式会社。
2011年の会社創業以来、山椒・柚子を使ったビールや地元山梨の素材を使ったビールなど、斬新な商品で国内外で多くの注目を集めています。そんな人々の心を掴んで離さないクラフトビールはどのように生み出されているのか。Far Yeast Brewing株式会社代表の山田さんにお伺いしました。
※1 日本ビアジャーナリスト協会調べ
前職はサイバーエージェントやライブドアなど大手IT企業で働いていた山田さん。全くの異業種出身でありながらクラフトビール業界に興味を持ったのは、ヨーロッパへの留学がきっかけだと言います。
「初めは特にビールに詳しいわけでもなく、普通に好きで飲む程度でした。クラフトビールに興味を持ったのは、2003年から2006年までヨーロッパで過ごしたことがきっかけです。その中の1年間はケンブリッジ大学でビジネスを勉強していました。
留学中は、ヨーロッパの伝統的なマイクロブルワリー(※2)のビールを飲む機会が多く、その経験がとても印象的でした。それまではビールと言うと大きな工場で作るものだと思っていたのですが、未だに小さな規模で作っているところがたくさんある。その意外性や歴史や文化の奥深さに面白さを感じたのがひとつです。
もうひとつは、留学していた大学院で、ある卒業生の講演を聞いたことです。その方はインド料理に合うビールというコンセプトでビールの会社を立ち上げていたのですが、元々ビール業界出身ではなく会計士だったんです。異業種から一念発起して会社を立ち上げ成功を収めている姿に感化されて、自分もできるかもしれないと思いました。」
※2 小規模でビールを生産する醸造所のこと
帰国した山田さんは、さっそくビールの造り方や起業のノウハウを学び、2011年に現在の会社の前身である「日本クラフトビール株式会社」を設立します。その翌年には、早くも海外での商品展開を開始。このスピード感の理由は、会社設立当初から海外展開を見据えていたからだと、山田さんは語ります。
「自分の作ったビールを世界に発信したいという想いは初めから強くありました。その根底にあるのは、元々海外に興味があって世界の人とつながることや、世界に発信することが好きだったのがあります。
加えてもうひとつ、ビール業界の中でもっと日本の存在感を示したいという想いも大きいです。ビールの長い歴史を見てみると、文化の中心はいつもヨーロッパやアメリカなんですよね。メソポタミアで最初にビールの前身となるものが出てきて、その次にゲルマン人が大麦麦芽を使ってビールのようなものを作っていた。そこから文化が発展してアメリカで、クラフトビールの大きなムーブメントが起こった。
その中に日本は登場しないんですよね。それがビール好きにとってはちょっと悔しいなと感じていて。本場のアメリカ・ヨーロッパから見ると日本は辺境の地ですが、そこから何か面白いものを発信したいと思ったんです。」
日本から世界へ面白いビールを発信する。そんな想いが根源となり、最初に生み出された商品が「馨和 KAGUA」です。山椒と柚子の香りが感じられる和を全面に押し出した味わいは、これまでの常識を覆すようなビールでした。発売当初から国内在庫の品切れが相次ぐほど、多くのビール好きの注目を集めた「馨和 KAGUA」は、どのように生み出されたのでしょうか。
「和を感じられるビールを作ろうというのは、会社設立前から考えていました。日本食というと、今ではフレンチに並び世界でかなり人気のあるハイエンドな料理のひとつです。でも、日本食に合うビールってこの世に存在するのかな、とふと疑問を感じて。
たとえば、フランス料理店ではワインソムリエが料理に合うワインをセレクトすることが多いですよね。しかし日本料理店は、料理との相性に関係なく、どこに行っても同じような銘柄のビールが提供されることがほとんどです。そこにずっとミスマッチを感じていました。
そんな想いから、世界中の人により日本食を楽しんでもらうために、日本食に合った和の空間に映えるようなビールを作りたい、と思ったのが発想の原点です。」
そんな異色のビール「馨和 KAGUA」が造られているのは、ベルギーのゲント郊外にあるDe Graal醸造所です。なぜ日本の醸造所ではなく遠い異国の地、ベルギーを選んだのでしょうか。
「初めは自分たちの醸造所でビールを造ろうと考えていたのですが、手ごろな設備がなくて醸造所を造るにはハードルが高かった。なのでまずは契約醸造(※3)でビールを造り、販路をある程度確立してから自社醸造に移行しようと思いました。
そこで国内で委託する醸造所を探し始めたのですが、当時日本ではまだまだクラフトビールの認知度も低く、醸造所自体が少なかったため、なかなか見つかりませんでした。その時たまたま紹介してもらったのが、ベルギーのDe Graal醸造所です。コンタクトをとっているうちに、ビールに対する考え方に通じるものを感じて。すぐに『ここに任せよう』と決心して、その足で原材料の柚子と山椒をスーツケースに詰めて、ベルギーに向かいました。」
※3 醸造設備を持たない企業・団体が、ビール製造を醸造所に委託することで、自社ブランドのビールを製造・販売すること
契約醸造での「馨和 KAGUA」に始まり、自社醸造でも次々に独自の商品を生み出していった山田さん。アロマホップの豊かな香りが感じられ、クラフトビール初心者でも飲みやすい味わいに仕上げた「Far Yeast」、木製の発酵容器を使用し、微生物の力を借りることで複雑な香りが楽しめる「Off Trail」など、多種多様なビールを売り出しています。
個性際立つクラフトビールを生み出し続けるそのわけは、Far Yeast Brewingが掲げるミッション『ビールの多様性や豊かさをもう一度取り戻す』が原点にあると言います。
「ビール業界の課題のひとつに、工業化の動きが大きくなったことがあると思います。ビールは本来、小さなブルワリーで造られるのが一般的で、ブルワリーごとにさまざまな味わいのビールが生み出されていました。しかし工業化が進むにつれて、商品を効率良く造り大量に売ることばかりに注力されるようになってしまった。生産性を求めるあまり、ブルワリーごとのビールの個性が無くなってしまったんです。
しかし時代が変わる中で、多様で個性があるものに価値を感じる消費者が多くなってきた。当然多様性がなくなったビールには魅力を感じてもらえませんよね。その結果、世界的にビールの売上は落ち込み、日本での売上も20年以上連続で減少しています。
クラフトビールは、この課題に対して、元々ビールが持っていた多様なスタイルを復刻して自分たちでアレンジを加えていこうという取り組みなんです。クラフトビールの多様性を追及して商品を生み出すことで、もう一度ビールの魅力を多くの人に知ってもらう。それが僕たちのやっていることの一番の価値だと考えています。」
「ビールの多様性を取り戻す」という想いのもと、契約醸造から始まったFar Yeast Brewingは、「Far Yeast」「Off Trail」など次々に自社ブランドを発売。2017年に山梨県小菅村に初の自社工場「源流醸造所」を、その後東京にも醸造所を設立し、2020年には本社を山梨県に移転しています。
「実は小菅村を拠点として選んだことに、特別深い考えがあったわけではないんです。理由としては、うちの商品は海外のお客さまも多くて、販路を考えたときに東京港・横浜港からアクセスがよい場所が山梨県だったのがまずひとつ。
ふたつ目は当時は福島の原発事故の風評被害がまだ残っていて、多くの国で関東の都道府県に対して輸出規制がありました。その中で山梨県だけ規制があまりなかったのが決め手となりました。」
小菅村を拠点に選んだのはほとんど偶然だったと語る山田さん。しかし、今では「山梨応援プロジェクト」や地元の事業者とコラボレーションした商品開発など、地域に根ざした活動にも精力的です。これらの活動に力を入れる理由には、山梨県で活動する中で気づいた「うれしい誤算」があったからだと言います。
「山梨県は土地も安く、自然豊かで水も綺麗なのでビールを造るにはいい場所だと思っていました。しかし、地元に根をおろして色々な方と交流して行く中で、それだけではないことに気づいたんです。それは地域資源を使うことで、お客さまに美味しいビールを飲んでもらいながら地域のことも知っていただけるという、お客さま・地域の方、双方に嬉しい相乗効果が生まれることです。
山梨県にはさまざまな地域資源があります。一番有名なのは日本一の生産量を誇る桃です。その桃を取り入れたビールをぜひ造りたいと思い、2020年に「Peach Haze」というビールを販売しました。それが発売前に予約注文で完売してしまうくらいの人気ぶりで。使用した桃の生産者さんである「ピーチ専科ヤマシタ」さんや地元の方にも大変喜んでいただきました。
あとは、北杜市の『小林ホップ農園』さんの、ホップを使ったビール造りにも挑戦しています。日本のホップ生産者はほとんどが大企業の契約栽培なのですが、小林さんは独自に山梨の土地で試行錯誤しながらホップを育てているんです。これはかなり珍しいことで、『すごいことをしている人がいる』と感化されて、縁あって一緒にビール造りをすることになりました。この取り組みも今年で3年目になりますが、海外の方を含めて大変好評ですね。」
地域の資源を使うことで、お客さま・地元の人みんなを喜ばす活動ができる。山田さんは『山梨応援プロジェクト』と題して北杜市で栽培されたお米や県産ブドウを使ったビール造りなど、地域の素材を使ったさまざまなビールを生み出しています。
地域に根ざしたビール造りに注力する一方で、会社設立当初から海外展開にも力を入れているFar Yeast Brewing。海外展開という外に向けた活動と、地域密着型の内に向けた活動。このふたつは全く別のベクトルのようで、実は密に関わり合っていると山田さんは語ります。
「海外に限らずですが、商品を発信するために大切なのは、『ストーリー性』だと思うんです。これまで僕は、美味しい商品は自然と売れるだろうと考えていました。しかし、日本国内のブルワリー数が700を超え、多くのクラフトビールが世に出回るようになった中で、ただ美味しいだけでは魅力を感じてもらえなくなってきた。
そんな中で、どうお客さまに興味を持ってもらえるのかを考えたときに、僕たちが行っている地域の素材を使ったビール造りこそ、『日本らしさ』『地域らしさ』など独自のストーリー性を感じてもらえる強みになるのでは、と考えました。
例えば、山梨県という土地でしかとれないものを使うこと自体がストーリーになりますよね。味だけでなく、ビールの製造過程や生産者さんにまで想いを巡らせ、そこに『その地域らしさ』『日本らしさ』を感じてもらう。商品の背景まで楽しんでもらえるように、商品のコンセプト設定からパッケージまで、デザイナーさんにお願いしてこだわりを持って作っています。
地域に根ざしたものを造ることで、海外の方にも魅力的に感じてもらえるような、ユニークさやストーリー性は自然と生まれます。そう考えると、海外戦略と地域での活動のふたつは深く繋がっていると思いますね。」
ストーリー性を持たせた商品開発で、ビールの多様性を追及するFar Yeast Brewingですが、その活動はビール造りにとどまりません。廃棄素材を使ってお酒を造るアップサイクル事業(※4)など、資源のロスを無くす事業にも力を入れています。
「山梨のブドウ農家さんと連携して、ブドウの摘房(※5)で出てしまうブドウをビール造りに取り入れるなど、地域資源のアップサイクル事業にも取り組んでいます。
また、うちはジン・梅酒などの蒸留酒の製造も行っていますが、これもアップサイクルが起点なんです。コロナのときに、一時期たくさんの商品ロスが出てしまったことがありました。飲食店向けに出荷したけれどロスになったビールなどを全て買い戻して、それを蒸留してジンを造ったのが、蒸留事業の始まりです。せっかく苦労して造ったビールですから、やっぱり捨てたくないじゃないですか。
ビールで蒸留して生み出したジンは、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)で最高金賞を受賞するなど、高い評価をいただいています。素材をただアップサイクルするだけでなく、ちゃんと美味しいものを造る。それが本来のサステナビリティの姿だと考えていますね。」
※4 廃棄予定であったものに手を加え価値をつけて新しい製品へと生まれ変わらせる手法
※5 ブドウの房のなりよくするために、ある程度房を切り落として数を減らす作業のこと
今後はジンや梅酒に加え、ウイスキーにも挑戦していきたいという山田さん。また、お酒造りだけでなく、ビールのフードペアリングができる飲食店の経営にも力を入れています。今後はブランド体験ができる施設を小菅村に創る構想などもあるそうです。
ミッションとして掲げる「ビールの多様性や豊かさをもう一度取り戻す」を体現するように、さまざまな視点からビールの可能性を模索する山田さん。今後のクラフトビール業界をさらに盛り上げ、私たちにまだ見たことのない新たなクラフトビールを届けてくれることに期待です。
代表者:山田司朗
住所:山梨県北都留郡小菅村4341-1
コーポレートサイト:https://faryeast.com/
Instagram:https://www.instagram.com/faryeastbrewing/
X:https://twitter.com/faryeastbrewing
Web Store:https://x.gd/djL4n
撮影:大嶋千尋(オフィシャルサイト)
事業再構築