《ドメーヌ・タカヒコ》世界を魅了する“出汁の旨味”と、余市の風土が生む奇跡

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SAKE TALK 編集部

北海道、余市町登地区。なだらかな丘陵地帯に、世界中のソムリエや愛好家が熱視線を送る場所があります。

それが、『ドメーヌ・タカヒコ(Domaine Takahiko)』

代表の曽我貴彦さんが醸すワイン「ナナツモリ ピノ・ノワール」は、グラスに注いだ瞬間、私たちを静寂な森の中へと誘います。

それは決して、フランス・ブルゴーニュの模倣ではありません。

野生の赤い果実、キノコ、湿った土、そして出汁のような深い旨味……

そこには、日本の風土そのものが液体となって息づいています。

2010年の設立から15年以上の歳月が流れ、気候変動という大きな波にさらされながらも、曽我さんは「農業」としてのワイン造りを貫き続けています。

なぜ、曽我さんのワインはこれほどまでに人の心を震わせるのか。

現地での対話から見えてきたのは、単なる醸造家としての姿ではなく、土地の声を聞き、自然と共鳴し続ける一人の農夫の生き様でした。

《バーチャル畑/ワイナリーツアー》

畑を歩き、ワイナリーを訪れ、曽我さんの言葉に耳を傾ける—
現地体験のような臨場感で、ドメーヌ・タカヒコの魅力をお届けするショートムービーです。
ぜひご視聴ください。
※2025年11月初旬の畑の様子を収録

ヴィニフェラの聖地・余市で紡ぐ物語

収穫終わりの2025年11月初旬。余市町は、既に冬の足音が聞こえるような、凛とした空気に包まれていました。

かつてはリンゴやプラムなどの果樹栽培で栄えたこの町がいま、日本ワインの聖地として世界から注目を集めていることを、どれだけの人が想像できたでしょうか。

ドメーヌ・タカヒコが所有する「ナナ・ツ・モリ」は、もともと7種類の果樹が育てられていた畑でした。広さは約6.5ヘクタール。余市の農家としては標準的な規模ですが、そこには13種類ものピノ・ノワールのクローンが植えられ、一部にはツヴァイゲルトも育っています。

余市の特徴は、広大な「一枚畑」であること。そして、40年以上前からピノ・ノワールが栽培されてきた実績があることです。「寒すぎて熟さない」というかつての定説は、温暖化とともに覆されました。曽我さんが栃木県の「ココ・ファーム・ワイナリー」時代に余市のピノ・ノワールに出会い、そのポテンシャルに衝撃を受けたのがすべての始まりです。

余市のピノ・ノワールの将来性に可能性を感じました。確かな歴史に裏付けされたピノ・ノワールの品質に衝撃を受け、これで勝負したいと思えたのです。

曽我さんが選んだのは、余市町登地区にある水はけの良い丘の上。ここから、日本のワイン史を塗り替える挑戦が静かに幕を開けました。

展望台から眺めるナナツモリの畑

火山性土壌と微生物。「火星」では生まれない複雑味

ドメーヌ・タカヒコのワインを語る上で欠かせないキーワードが、「火山性土壌」「表土(トップソイル)」です。

ワインの世界では、ブルゴーニュの成功により「石灰岩土壌」が高く評価されています。しかし、曽我さんはきっぱりと言い切ります。

ブルゴーニュのようなワインを作りたいという考えは一切ありません。そんなワインを造りたいなら、ブルゴーニュへ行くべきです。僕たちがここにいるのは、日本の火山性という個性ある土壌だからこそ生み出せるワインを造るためです。

ドメーヌ・タカヒコのワインを飲んで、ブルゴーニュとそっくりだと言われて喜ぶような人間には、なりたくありません。

ドメーヌ・タカヒコ代表 曽我 貴彦さん

模倣ではなく、唯一無二の個性を追求する姿勢。それが、飲み手を惹きつける引力になります。

何万年、何億年という時を経て形成された地層は、その土地だけの指紋のようなもの。曽我さんが大切にしているのは、その地層の上に広がる「表土」の世界です。
ナナツモリの畑に足を踏み入れると、そこには驚くほどの生命があふれています。
草が生い茂り、虫たちが飛び交う。一見すると雑多にも見えるその光景こそが、ドメーヌ・タカヒコの味わいの源泉です。

草一本生えない、まるで火星のような環境で育ったブドウから造られるワインは、どうしても複雑みに欠けてしまいます。香りに奥行きがあって、「面白い」と感じられるワインの畑には、草が生え、微生物が活動し、生態系の循環がしっかりと存在していました。

やはり忘れてはならないのは、「ブドウづくりは農業であり、工業ではない」という視点です。

曽我さんが有機栽培(ビオロジック)を実践するのは、単なるナチュラリストだからではありません。微生物が活発に活動できるふかふかの表土を作ることが、美味しいワインに繋がることを知っているからです。 雨が多い日本の気候は、ワイン造りにとってネガティブに捉えられがちですが、曽我さんの解釈は逆です。

雨が降るから草が育ち、微生物が豊かになる。この土地の湿り気や森の香りが、そのままワインの個性になる。自然豊かなこの山自体が日本の宝なのに、この環境を無視して、乾燥酵母を使って画一的なワインを造るなんて勿体ないことです。

そして、曽我さんは力強くこう付け加えました。

「火山性土壌ではなく、雨が降らないような暑い地域では、残念ながら僕たちみたいなワインは造れませんよ」と言える評価を築き上げていきたいのです。

曽我さんの言葉の端々には、この土地に息づく生命のサイクルを何よりも尊ぶ姿勢が貫かれています。土地の風土や、そこで育まれた文化そのものを、ワインの中にありのままに表現していこうとする、その揺るぎない覚悟と誇りが、ドメーヌ・タカヒコのワインを唯一無二の存在へと高めているのです。

味わいの哲学。目指すのは郷土料理の世界

それでは、その豊かな土壌から生まれるワインは、どんな世界を描くのでしょうか。

曽我さんが目指すのは、果実味やミネラルの強さで押すワインではありません。

僕たちが目指しているのは、土瓶蒸しやお吸い物のような世界。
薄いけれど味の幅があり、球体のように隙間のない味わいです。

ヨーロッパの石灰岩土壌が生むワインが「硬水」のような硬質さを持つなら、ドメーヌ・タカヒコのワインは「出汁」のような柔らかさと旨味を持ちます。口に含むと、じわりと広がる優しさ。それは日本の食卓、特に日常の家庭料理に寄り添う味わいです。

僕たちは、その地域の家庭に根付く郷土料理みたいな世界を表現したいと考えています。漬物に喩えるなら、野沢温泉村のおばあちゃんが、自らの手で栽培した野沢菜で作った漬物。
ここの場所でないと生み出せない個性というものを表現して、この地のワインの魅力を発信していきたいのです。

グローバルな味覚基準に合わせるのではなく、日本の風土、余市の気候だからこそ表現できる「郷土の味」。それは、ロンドンの三つ星レストランでも高く評価されています。
世界中の食文化がいま、強く求めているのは「旨味(UMAMI)」です。
出汁のような深い旨味を湛えたドメーヌ・タカヒコのワインが世界で称賛される理由は、まさにこの時代の潮流と、曽我さんが追求する味わいが合致したからに他なりません。

温暖化との闘い。醸造の考えの基本は「昔に戻る」こと

しかし、自然相手のワイン造りは、常に困難と隣り合わせです。特に近年の急激な温暖化は、曽我さんに新たな課題を突きつけています。

2010年から2020年頃までは、亜硫酸を使わなくても自然な発酵で美味しいワインができました。でも、今は違います。菌の動きが変わり、ワインの世界観を保つのに苦労しています。

発酵容器として使用されている合成樹脂タンク

さらに、2025年の収穫を振り返り、曽我さんは表情を曇らせます。温暖化による樹勢の低下や病気の増加により、収量は減少。かつてのような「完全な自然任せ」では、理想のワインを造ることが難しくなってきているのです。 特に2023年ヴィンテージでは、微生物の制御がうまくいかず、揮発酸の数値が許容範囲を超えてしまうという「失敗」を経験しました。

それでも、曽我さんは安易な解決策には飛びつきません。

ステンレスタンクを使って温度管理を徹底すれば、もっと簡単に安定したワインは造れるかもしれません。でも、それは僕からすれば『負け』なんです。

一番大切にしているのは、職人としての感性と、昔ながらの醸造法。最新機材に頼らず、あるがままのシンプルな手法で自然と対話する。そのスタイルを守りながら、どうやって温暖化に適応していくか—

その答えの一つが、新たに建設された「地下樽貯蔵庫」でした。

2025年に完成した地下樽貯蔵庫

理想の貯蔵環境を求めて。新たな「地下樽貯蔵庫」

これまで、夏の暑さ対策としてエアコンを使用していましたが、それには「乾燥」という弊害がありました。樽熟成中のワインにとって、乾燥は天敵です。水分が蒸発し、酸化のリスクが高まるからです。

冬場の寒さ対策でストーブを付けますが、加えて夏にもエアコンを付けては、乾燥しっぱなしでワインの状態が悪くなってしまいます。そこで、穴を掘って半地下の樽貯蔵庫を造ることにしました。

新しい樽貯蔵庫は、地中の自然な断熱性と蓄熱性が、夏の暑さや冬の寒さを和らげます。

目指す温度帯は、冬場で7℃、夏場で20℃。この「季節による温度変化」をあえて経験させることが、ドメーヌ・タカヒコのワインに強さと複雑さを与えます。

この貯蔵庫建設へと突き動かしたのは、まさに前述した2023年ヴィンテージでの経験でした。しかし、曽我さんはその事実を悲観していません。むしろ、温暖化という高いハードルを前にして、どう乗り越えるかを考えることに喜びすら感じている様子が窺えます。

どこで亜硫酸を加えようか、どんな方法で温度コントロールに取り組もうか、揮発酸をどうやって制御しようか、そうした一つ一つを考えながら取り組むことがワイン造りをしていて楽しいこと。これまでは「やんちゃ」な造り方でも大丈夫でしたが、美味しいワインを生みだすためには努力を欠かしてはいけないんだと、温暖化が教えてくれました。

このエピソードは、私たち飲み手にも重要な示唆を与えてくれます。 ワインは、瓶詰めされた後も呼吸し、熟成を続ける「生き物」です。
曽我さんが畑の土作りから醸造、そして樽熟成の環境まで、これほど細心の注意を払って育て上げたワイン。
そのバトンを受け取った私たち消費者が、劣悪な環境で保管してしまえば、その努力は一瞬で無駄になってしまいます。

「旨味」や「出汁感」といった繊細なニュアンスを持つ日本のワインこそ、適切な温度管理で風味を損なわないように守ることが不可欠なのです。

地下樽貯蔵庫の内部
(ピノ・ノワールの樽は醸造所内へ移動済み)

日本の美意識をグラスに注ぐ

僕たちが大切にしていることは、底辺であるという考え方。そう思えば、何事もこれからがスタートだと楽しめますから。

世界的な名声を得てもなお、曽我さんはドメーヌ・タカヒコを「底辺」と位置づけ、挑戦を止めません。その謙虚さと探究心こそが、ドメーヌ・タカヒコの最大の魅力なのかもしれません。自身の哲学や思想の詰まったワインを追求する農夫(ヴィニュロン)としての視座を崩さず、余市の風土や文化までをも最大限に表現しようとする情熱と覚悟が、そこにはあります。

ドメーヌ・タカヒコのワインを飲むとき、ぜひ想像してみてください。

余市の丘に吹き抜ける風を。

微生物が息づくふかふかの土で育つブドウ樹の物語を。

そして、変化する気候と向き合いながら、ワイン造りに情熱を注ぐ造り手の姿を。

その「日本の美」を、あるべき姿で守り抜くために。
私たち「さくら製作所」もまた、ワインセラーというプロダクトを通して、美味しさを飲み手に繋ぐバトンリレーの一員でありたいと願っています。

日本の風土が生んだ奇跡のような液体を、最高のコンディションで味わう贅沢。
それは、人生を豊かに彩る最上の時間のひとつになるのですから。

ドメーヌ・タカヒコ(Domaine Takahiko)

代表者:曽我 貴彦
住所:北海道余市郡余市町登町1395
電話番号:0135-22-6752
公式サイト:https://takahiko.co.jp/


ワインや日本酒の美味しさをしっかり守る高機能セラー

さくら製作所は、「美味しいをもっとおいしく」をミッションに、生産者さまが丹精込めて造り上げたワインや日本酒を、最良の状態で飲み手へ届けるセラーを開発しています。

私たちがたどり着いたのは、庫内の空気ではなく“液体温度”を管理する独自技術。設定温度と液体温度を一致させる高度な制御を実現することで、お酒本来のポテンシャルを引き出し、理想的な状態で保管・熟成できる環境を提供しています。

さらに、日本の住環境に配慮し、省スペース・大容量・省エネ性を兼ね備えたセラーを開発。日本の食文化とライフスタイルに合わせた、最高の美味しさを追求したセラーをラインナップしています。

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