美味しい水と、豊かな土地にめぐまれた栃木県。そこに酒蔵をかまえるのは、鶴を連想させるロゴマークが特徴的な「せんきん」です。せんきんの11代目蔵元を務めるのが、今回話をうかがった薄井一樹さん。伝統ある酒蔵ながら、若年層をメインターゲットにした唯一無二の味わい、確立された独自のブランディングとプロモーション手法など、革新的な取り組みがたびたび注目を集めています。
今回はその伝統的製法からブランディングのこだわりまで、幅広くお話をうかがいました。
今でこそ「甘酸っぱい日本酒」の開発者として日本酒業界でその名を知られている薄井さん。しかし、意外なことにそのキャリアはワインソムリエが始まりだそう。
「私が高校生のときに田崎真也さんがソムリエコンクールで世界一になって、衝撃を受けましたね。こんなかっこいい世界があるのかって。それがきっかけでソムリエに憧れるようになりました。幼いころから酒蔵の跡継ぎというプレッシャーがあったので、ワインの道に進んだのは、それに対するアンチテーゼの気持ちもあったんだと思います」
そんな憧れを抱きワインソムリエの世界に足を踏み入れた薄井さん。しかしソムリエに必要なのは、ワインの知識だけではありませんでした。料理とお酒のペアリング、世界中のアルコール飲料についての知識を身につけプレゼンテーションできる能力が求められ、おのずと日本酒についても学びも深めていきます。そんな中、ある日本酒との出会いが、薄井さんを再び日本酒の世界へ引き戻します。
「僕が実家を離れワインを学んでいた2000年代初頭っていうのは焼酎ブームで、日本酒はとても低迷していた時代です。僕自身も実家の酒蔵以外の日本酒を飲んだことはありませんでした。そんな時、福島県の飛露喜(ひろき)を飲んで、こんなにも違うものなんだなと驚きました。香りが豊かで鮮度が高くて、フルーティで、生酒のうまさを感じましたね。当時としてはまさに新時代の日本酒でした」
当時の日本酒業界は、「火入れしない日本酒」はまだまだ少ない時代。そんな中で火入れ前の生原酒として売り出された飛露喜(ひろき)は、革新的な日本酒として業界の話題をさらいました。日本酒の新たな可能性に魅せられたと同時に、日本酒業界の厳しさ、実家の事業縮小の事実を目の当たりにした薄井さんは、家業を継ぐことを決心。酒蔵の立て直しに乗り出します。
薄井さんが家業を継いだ2003年当時、会社はいうなれば瀕死の状態。なんとか経営を立て直そうと必死な中、唯一心に決めていたのは「人に頭を下げて買ってもらう製品ではなく、お客様に選んでもらえる価値あるものを作りたい」という想い。その想いは現在のせんきんブランドの土台にもなっています。
「私が実家を継いだ当時は、ちゃんと造られていない日本酒がとても多い時代でした。数多ある日本酒の中で頭一つ抜き出るには『流通、いいもの造り、ブランディングとして商品に付随する物語』この3つが必要。どれも欠けてはいけないんです。まずは人気な日本酒がどういう店に並ぶのか徹底的に調べましたね。お酒を専門に取り扱う、流通がしっかりした店で売らないと、今までのようなスーパーやコンビニなどに多く陳列させるような売り方では絶対いいブランドにならない。次に製造方法もただ造ってるだけじゃ売れない。だから生酛造りにこだわったんです」
せんきんを象徴するのは、伝統的製法にこだわった日本酒造り。米はほとんど精米せず、酵母も乳酸も添加しません。蔵と木桶に住みつく酵母だけで自然の発酵を待つ生酛造りと、仕込み水に使われる地下水と同じ水源の田んぼだけで獲れた米を使うなど、オーガニックな製法に強いこだわりをもっています。しかし、これは物語性を生み出すという側面が強く、味の美味しさはまた別問題だと薄井さんは語ります。
「やっぱり物語性や見せ方は大事です。例えば、うちは最新のタンクや設備とは別に、伝統的な木桶も使用しています。SNSや公式サイトでも積極的に写真を載せていますけど、これもせんきんとしてはここを見てほしいというブランディングの1つなんですよね。ただ木桶で造ったら確かに独特の味にはなりますが、美味しくなるとは限らない。そこは最新の技術もさることながら、やっぱりレシピが大事になってきます」
「味の設計の根幹は甘さと酸味。それは今も絶対に変わらない」と薄井さんは言い切ります。薄井さんが家業を継いだ当時は、淡麗辛口が主流で、日本酒は年配層に好まれるものでした。しかし、せんきんのお酒は「甘酸っぱい風味」が特徴。あえて真逆を狙ったのは、飲んでほしいターゲット層が明確に決まっていたからだそう。
「家業を継いだ当時、私は27歳くらいで業界でも若手だったし、自分と同い年くらいの世代に日本酒を飲んでもらいたいと思っていました。だから思い切ったレシピにしたわけです。現代の生活や食に合う味を考えると、絶対甘酸っぱい酒だって。それは今思えば、ワインからのオマージュだったんだと思います。実際に造ってみると、狙い通り普段日本酒を口にしない20代30代の女性に大変受け入れられました。年配の方からは邪道な酒だと言われたこともありましたが、じゃあ別にその人たちには飲んでもらわなくてもいいやって思ってました」
そんな王道とは真逆の日本酒を生み出してから約15年、せんきんのお酒は今も変わらず若い世代に愛され続けています。その裏では目まぐるしく変わる世間の思考や食のトレンドを反映した、緻密なレシピ設計がありました。
「自分が2007年に作り出した味すら今はもう時代遅れになっている。やはり今の20代の人たちの味覚に合わせなきゃいけない。だから毎年細かくレシピを変えています。ひとつとして同じせんきんはない。今、みんなの思考が自然なもの、体にいいものを摂取しようという時代になり、世界中の料理がどんどん軽くなっています。そんな料理にはアルコール度数が高かったり、ふくよかな味わいの酒は合わないんです。だから、アルコール度数をどんどん下げて、非常に軽い重心の高い味わいを意識してます。そういったお酒じゃないと、受け入れてもらえないんですよ」
若い世代に受け入れられるための工夫は、レシピだけにとどまりません。薄井さんが常に意識しているのは、日本酒を普段飲まないような若い世代にどうアプローチするか。20代の若者や異業種との交流を通して、若い世代が何を求め、どんな市場に需要があるのか、その動向を常に追いかけるようにしているそうです。例えばお酒の商品展開についても緻密なブランディング戦略が練られています。せんきんのお酒にはオフィシャルサイトで紹介されている「ナチュール・シリーズ」「モダン・シリーズ」「クラシック・シリーズ」「プレミアム・シリーズ」以外にも、かわいいパッケージがあしらわれた季節商品などがあります。
「サイトに載せているナチュールシリーズには、せんきんのフィロソフィーが詰まっています。ナチュールはフランス語で“自然”という意味で、それがうちの一番大事なテーマ。なのでそこは真面目にプロモーションしています。反対に、季節商品というのはカジュアルな層にせんきんを知ってもらうための名刺みたいなものです。ですからサイトには季節商品の紹介は載せないようにしてるんです。そのかわり季節商品はビジュアルを全面に押し出しSNSで発信して、そこからせんきんの酒に興味を持ってもらう。これもまた若い人への1つのプロモーション手段なのかな、と思ってます」
他にも最近話題となったのがファッションブランドUNITED ARROWSとのコラボです。「仙禽 × UNITED ARROWS」と称され発売された日本酒は、UNITED ARROWSが酒造りの工程から携わり、共同で制作した商品です。そのかわいらしいデザインパッケージと季節ごとに変化する味わいで若者から大きな反響を呼び、2020年に初めて発売されて以来、定期的に新商品をリリースしています。このコラボの裏には、どんな狙いがあったのでしょうか。
「狙ったのはマーケットのユーザーチェンジです。UNITED ARROWSさんは日本酒などの、市場は大きくないけれど、伝統的な歴史あるマーケットに参入したかった。僕たちもファッションや音楽にはアンテナが高いけど食べ物飲み物に関心がない若い人に、日本酒業界に入ってきて欲しい。結果としてうちのInstagramを、日本酒に興味ないだろうなっていう若い女性がフォローしてくれるようになったので、このコラボは大成功でしたね」
他にも今後展開したい分野として音楽業界への進出も考えているそうです。コロナの規制緩和が進む中、フェスなどの会場でせんきんの日本酒が飲める日も遠くないかもしれません。
常に挑戦的な活動に取り組む薄井さん。その活動の根源には、時代に遅れをとることに対しての恐怖感や業界への危機感がある、と言います。現在、酒税法により日本酒造りができる酒蔵は1400社と決まっており、新規での免許は申請できない状況です。業界への新規参入がなく、競争もない分、技術革新はおろか市場はゆるやかに衰退しているのが現実。だからこそせんきんは、自社の発展だけでなく、日本酒市場の発展のために次々と新たな取り組みに乗り出しているのです。
「せんきんで今後やっていきたいことは、ワインやシードル(※1)造りです。ワインなど果実を原料として造るお酒の発酵形態は単発酵(※2)。日本酒の並行複発酵(※3)とは真逆です。日本酒は製造工程が複雑で手間もかかりますが、技術があれば途中で軌道修正がききやすい。でもワインやシードルは1回作り始めると修正がきかないんです。作り方がシンプルがゆえに逆に難しい。だから風土環境や良質な原材料が大事になってきます。途中で人の力が及ばないという点では大変勉強になりますね」
すでに畑は入手しており、酒蔵の隣の敷地にワインとシードルの工場も建設予定だそう。原料も米と同じく自社の有機栽培のブドウを使うというこだわりぶり。近い将来には、せんきんがワイン業界にも新たな風を吹き込んでいるかもしれません。
日本酒市場への取り組みとしては、J.S.P( ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム)という組織を立ち上げ、全国の酒蔵と共に日本酒・焼酎を普及するイベントや活動を精力的に行っています。
「私は J.S.P( ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム)で役員もやっていますが、やはり主目的は日本酒業界の技術の底上げと、時代に負けない酒蔵の体制づくり。昔はあり得ないことだったけれど、蔵の持っているオリジナルの醸造技術を開示したり、積極的に勉強会も行っています。あとはITリテラシーが低い人が多いので、せっかくいい商品を持っていても自分たちでプロモーションできないんですよ。なので毎週木曜の8時から J.S.PのYouTubeチャンネルで、蔵で持ち回りみたいにして、自社の限定商品をプレゼンしてもらってます。みんな順番が回ってくると嫌がるんだけど、そうでもしないと厳しい市場の中で生き残っていけないですよ。そうやってプロモーション力を鍛えてみんなでコロナや時代の流れにも負けない体質の酒蔵にしていこうって。こういう組織体制は引き続き作っていきたいと思ってます」
自社だけでなく日本酒市場全体の底上げをはかり、革新的な取り組みを続ける薄井さん。最後にせんきんのロゴに込められた想いを語っていただきました。
「ロゴのモチーフは丹頂鶴です。頭が赤でボディーが白で、羽の後ろが黒。まず色っていうのはすごく大事で、赤は“愛”、白は“伝統”、黒は“革新”。『古くて新しいものづくり』がうちのコーポレートメッセージで、伝統を守りながらも常に進化を止めないという想いがこめられています。そしてなにより世界に通用するデザインを意識しましたね。このマークだと、海外で他の酒がたくさん陳列された棚でもすぐ目に飛び込んでくるでしょう?『ああ、JAPSANのせんきんだ』ってね」
伝統製法にこだわりながらも、変化をいとわない。そんな酒造りの根幹には「見えない壁を打ち破り、日本酒業界さえもリブランディングしたい」という強い想いがありました。今後は海外への輸出や異業種との交流など、さらなるブランド展開が期待されます。お酒という垣根を超えて、街のあらゆる場所で「せんきん」のロゴを見かける日はそう遠くないかもしれません。次はどんな新しい日本酒の世界を見せてくれるのか、せんきんのこれからの活躍が楽しみです。
代表者:薄井一樹(11代目蔵元)
住所:栃木県さくら市馬場106
電話番号:028-681-0011
公式サイト:https://j-s-p.or.jp/kuramoto/senkin
Facebook:https://www.facebook.com/people/%E4%BB%99%E7%A6%BDsenkin/100038914494430/?modal=admin_todo_tour
Instagram:https://www.instagram.com/senkinofficial/
※1りんごから造られる醸造酒。
※2糖分を多く含む原料に酵母を加え、酵母により糖分をアルコールに分解すること。
※3麹を使ってデンプンを糖分に分解する工程と、酵母が糖を分解しアルコール発酵する工程を同時平行で進行させる発酵方法。
撮影:関口史彦(オフィシャルサイト)
事業再構築