山田錦、五百万石、雄町、愛山・・・何がどう違う?日本酒がもっと楽しくなる「酒米」の話

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日本酒は毎年のように進化を続けていることをご存知でしょうか?その最大の理由は「お米」にあります。日本酒は主に米・米麹・水を原料として作られますが、特に味わいに影響を与えるのが米です。実は日本酒で使われる米は私たちが普段食べている米とは異なります。

本記事では、日本酒に使われる米の特徴や代表的な品種など米にまつわるあれこれを紹介していきます。

日本酒のために開発された「酒米」

コシヒカリ、あきたこまち、ヒノヒカリ、ひとめぼれ、はえぬき…。米と聞くと私たちが普段食べている銘柄を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、それらと日本酒の原料となる米は別物なのです。

日本酒に使われる米を総じて「酒米(さかまい)」と呼び、さらにその中でも日本酒造りを目的とする米を「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」と呼びます。農林水産省の農産物規格規定では「醸造用玄米」と表記されます。酒米はいわば美味しい日本酒を作るために品種改良を重ねた日本酒のための米で、酒造りの工程で使う麹菌が活動しやすい構造を持ちます。

日本酒に使われる米自体は古来から生産されていましたが、より美味しい日本酒造りのために国家主導のもとに品種改良の取り組みが始まったのは明治時代に入ってからです。そこから研究者や農家が中心となり日夜研究を重ね、今では約100種もの酒米が醸造用玄米として農林水産省に登録されています。

酒蔵の作り手は数多くある酒米の中から、理想とする味わいに合わせて酒米を選びます。1種類の酒米でできた日本酒を単米酒、複数の酒米をブレンドしてできた日本酒を複米酒といいますが、近年の地産地消の流れもあり、その土地で採れた酒米のみを使用した単米酒が増えてきています。

日本酒のラベルを見ると使用した酒米が表記されていることもあります。また品種名がそのまま商品名になっている日本酒も多く存在します。みなさんが普段飲んでいる日本酒や飲食店で楽しんでいる日本酒にどんな酒米が使われるのか、ぜひ手にとって調べてみてください。

良い酒米の条件

そもそも酒米は食用米より育てるのが難しいといわれます。まず寒暖差や土壌による影響を受けやすい点があげられます。また、稲穂の背丈にも理由があります。食用のコシヒカリは穂の高さが120cmほどですが、酒米としてNo.1のシェアを誇る山田錦は150cmを超えるものもあり、台風や強風などで倒伏しやすいのです。このような理由から、酒米の育成には栽培者の高い技術が必要となり、その結果として酒米の買取価格は食用米の2倍以上になることもあります。

そんな酒米ですが良い酒米の条件が3つあります。それは「粒が大きい・割れにくい」「適度な心白がある」「低タンパク、低脂肪」です。以下で詳しく解説します。

条件①:粒が大きい・割れにくい

酒米は日本酒を作る工程で精米(米の外側を磨く・削る)します。精米は食用米であれば10%削る程度ですが、酒米は30%以上削るのが普通で多いときは70%も磨きます。そのため粒自体が小さいと残った部分が小さすぎてしまうため、大きい粒のほうが優れているとされます。また、精米に耐えられる頑丈さも求められます。

どのくらい米を磨くかはどんな日本酒を造るかによって異なります。精米後に残った米の割合をパーセンテージで表したものを精米歩合といいます。例えば精米で米の40%を削った場合、精米歩合は60%になります。逆に削った部分を表す精白率という用語もあります。精米歩合が60%であれば精白率は40%となるわけです。

なお、一般的には精米歩合の%が低いほど(米を磨くほど)、純米吟醸酒や純米大吟醸酒といった高価な日本酒になります。

精米歩合と純米酒/本醸造酒の関係

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原料 名称 精米歩合 米麹
米、米麹 純米酒 規定なし 15%以上
純米吟醸酒 70%以下
特別純米酒 60%以下、特別な醸造
純米大吟醸酒 50%以下
米、米麹
醸造アルコール
吟醸酒 60%以下
大吟醸酒 50%以下
本醸造酒 70%以下
特別本醸造酒 60%以下、特別な醸造

条件②:心白発現率が高い

酒米と食用米を比較すると一目瞭然ですが、酒米の中心部には「心白(しんぱく)」と呼ばれる白い塊があります。心白は吸水性が高く、その内部には隙間が多いため麹の菌糸が中心部まで入り込みやすく、米麹が育ちやすい環境というわけです。

しかしこの心白、すべての酒米にあるわけではありません。心白の出現割合を指したものを「心白発現率」と言いますが、高い品種でも70%ほどとされます。当然、発現率が高いほうが収穫した酒米が無駄にならなくて済むので、好まれる傾向にあります。

画像出典:https://www.senjyo.co.jp/ricecol/

条件③:低たんぱく、低脂質

たんぱく質や脂質は旨味や艶出しの元になるため食用米には不可欠な要素です。一方で酒米の場合は、それらが雑味や芳醇な香りを邪魔する要因となります。そのため酒米には低たんぱく、低脂質であることが求められます。精米時に酒米を30〜50%も磨くのも、その外側にたんぱく質や脂質が多く含まれるためです。

酒米の歴史

日本に稲作が伝わったのは3000年以上前の縄文時代ですが、現在のような米と米麹を原料とする酒造りは奈良時代に始まったといわれています。江戸時代の終わりごろには酒米の産地として摂津国・播磨国(現在の兵庫県)が名を馳せていました。明治時代に入ると日本酒の製造技術の進化に大きく影響した出来事が発生します。それが明治37年(1904)の大蔵省醸造試験所の創設です。試験所では酒米の研究・開発が盛んに行われ、以降明治時代から平成時代にかけてさまざまな品種の酒米が生まれるきっかけとなりました。

一方で酒米にとっては受難の時代もありました。それは戦争による影響です。太平洋戦争による米不足によって1942年に食糧管理法が制定されました。そこでは収穫量の多い食用米の栽培が促進され、多くの優れた酒米が消滅するなどの憂き目にあいました。そんな苦難の中でも酒造メーカーや農家が立ち上がり、残存していたわずか数十グラム、数百グラムの種もみを元に最新技術と数年におよぶ育種を繰り返し、安定的に収穫できるようになった酒米も存在します。それらを称して「復刻米」と呼び、代表的なものとして雄町や亀の尾などが挙げられます。

また、近年は各都道府県でその土地の特性を生かした酒米の開発が盛んになっていますが、これも食糧管理法下の日本酒造りの反省からきています。食糧管理法下では栽培された米は全て農協に販売し、酒蔵は農協から米を一括買取しなければなりませんでした。自社で作った米でさえも農協に卸さなければいけなかったのです。この制度は杜氏からすれば納得する日本酒づくりを追求しづらく、酒米の品質低下および日本酒の消費低迷をも招いたといわれています。

今日では日本酒造りに地産地消の考えも定着し、多くの酒蔵が地元農家と協力して酒米の栽培や新しい品種の栽培に取り組んでいます。美味しい日本酒のために、酒米づくりをいちから始める作り手が増えているというわけです。

主な酒米の解説と代表的な日本酒

100以上の品種がある酒米ですが、その中でも圧倒的な生産量とシェアを誇るのが「山田錦」です。次いで2位に「五百万石」、3位に「美山錦」が続きます。農林水産省が公表する令和4年の『酒造好適米等の需要量の追加調査結果※』によると、主な酒米の生産量は以下のとおりとなっています。
※出典:https://www.maff.go.jp/j/seisaku_tokatu/kikaku/attach/pdf/sake_02seisan-3.pdf

銘柄R4産(玄米トン)
山田錦15418
五百万石7437
美山錦1264
秋田酒こまち1116
雄町331
出羽燦々565
愛山289

山田錦、五百万石、美山錦の上位3品種で全体の70%を占めます。一方、山形県産の出羽燦々や愛山は生産量は低いものの近年人気が高まっており、これらを使用した日本酒が即日完売になることも珍しくありません。以下で上位3銘柄を含む6つの酒米についての解説と代表的なお酒を紹介します。

①酒米の王者「山田錦」

山田錦は1923年に兵庫県立農事試験場で「山田穂」と「短稈渡船」を人工交配させて誕生した酒米です。酒米の王者と称されるほど数多くの日本酒で使用されており、かつては山田錦でないと良い日本酒はつくれないといわれるほどでした。良い酒米の条件で解説した「粒が大きい・割れにくい」「適度な心白がある」「低タンパク、低脂肪」のすべてを山田錦は高いレベルでクリアしているといわれます。そのため精米歩合の高い大吟醸酒などの高級酒に適しています。

味わいの特徴
香りが華やかで繊細できれいな味わいに仕上がるとされます。また米の旨味や甘みを残しやすいのも山田錦の特徴です。

主な産地
兵庫県、岡山県、山口県、広島県など

山田錦を使った代表的な日本酒

銘柄:獺祭 純米大吟醸磨き二割三分
蔵元:旭酒造
公式サイト:https://www.asahishuzo.ne.jp/

銘柄:黒龍 大吟醸 龍
蔵元:黒龍酒造
公式サイト:https://www.kokuryu.co.jp/

銘柄:醸し人九平次 純米大吟醸
蔵元:萬乗醸造
公式サイト:https://kuheiji.co.jp/

②淡麗辛口ブームの牽引役「五百万石」

1980年代の新潟を発端とする淡麗辛口ブームを牽引したのが、この五百万石です。

山田錦の「西の横綱」に対して「東の横綱」と称されます。日本有数の米どころである新潟県で誕生した品種で、元々は「交系290号」という系統名でしたが、1957年に新潟県の米収穫量が五百万石(75万トン)を達成したことをうけ、その名が付けられました。五百万石は硬質で溶けにくく、キリッとした淡麗な味わいに仕上がる傾向があります。粒の大きさに対して心白が大きいため、米を50%以上磨くことは難しいといわれています。

味わいの特徴
すっきりとしたキレの良い淡麗な味に仕上がりやすいとされます。

主な産地
新潟県、富山県、福井県、石川県など

五百万石を使った代表的な日本酒

銘柄:久保田 萬寿
蔵元:朝日酒造
公式サイト:https://www.asahi-shuzo.co.jp/

銘柄:荷札酒 槽場汲み 純米大吟醸
蔵元:加茂錦酒造
公式サイト:https://kamonishiki.com/

③突然変異で生まれた偶然の産物「美山錦(みやまにしき)」

元々長野県では「たかね錦」という酒米が栽培されていました。たかね錦は小粒で心白発現率も低く、より日本酒に適した大粒で心白発現率の高い品種の育成が悲願となっていました。そんな中、1978年にたかね錦に放射線処理を行ったところ突然変異で誕生したのが美山錦です。生産量は山田錦、五百万石に次ぐ第3位。早く成熟する早生品種で寒冷な地域に適しているため長野県のほか秋田県や山形県など東北での栽培も盛んです。

味わいの特徴
繊細な香りを持ち、クセのない軽くスッキリとした味わいに仕上がります。

主な産地
長野県、秋田県、山形県、福島県など

美山錦を使っている代表的な酒

銘柄:信州亀齢 美山錦 純米大吟醸
蔵元:岡崎酒造株式会社
公式サイト:http://www.ueda.ne.jp/~okazaki

銘柄:一白水成 純米吟醸 美山錦
蔵元:福禄寿酒造株式会社
公式サイト:https://www.fukurokuju.jp/

④一時は幻の米とも呼ばれた「雄町」

雄町は発見されて以来、品種改良されることなく栽培されている唯一の品種です。明治時代〜昭和初期には品評会で金賞を取るには雄町でないと不可能とまでいわしめるほどの存在感でした。しかし稲穂が1.8mと長いため台風に弱く、害虫にも弱かったため栽培が難しく、また戦時中になると食糧管理法の煽りを受けて生産者・生産量ともに激減。昭和48年には作付面積がたったの3haまで減少しました。そんな理由から一時は幻の米と呼ばれていましたが、岡山県の酒造メーカーの働きかけで組織的な栽培を再開。今では600haにも作付面積が増えています。

味わいの特徴
米が柔らかく溶けやすいため、濃醇でまろやかな味に仕上がりやすいとされます。

主な産地
岡山県

雄町を使っている代表的な酒

銘柄:クラシック仙禽 雄町
蔵元:仙禽
公式サイト:http://senkin.co.jp/

⑤食用米としても注目を浴びる「亀の尾」

亀の尾も雄町と同様に育成の難しさや戦時下の食糧管理法の影響で一時はその姿を消していました。そんな中、新潟県三島郡にある久須美酒造の醸造家・久須美記廸が亀の尾の復活に向けて立ち上がります。1980年に新潟県農業試験場から譲り受けた1500粒の種子をもとに3年かけて育成し、亀の尾を使った吟醸酒「亀の翁」を完成させたのです。このエピソードは、1988年に連載がはじまった漫画『夏子の酒』のモデルともなり、その後TVドラマ化され話題になりました。いまでは100以上の日本酒銘柄に使われるほど人気の酒米になっています。

味わいの特徴
一般的に深みがあるコクとなめらかな舌触りと評されます。冷酒で味わうとフルーティーな香りを楽しめます。

主な産地
山形県

亀の尾を使っている代表的な酒

銘柄:Shield 亀の尾
蔵元:楯の川酒造
公式サイト:https://www.tatenokawa.com/ja/sake/

銘柄:クラシック仙禽 亀ノ尾
蔵元:仙禽
公式サイト:http://senkin.co.jp/

⑥酒米のダイヤモンド「愛山」

愛山(あいやま)は1941年に兵庫県立農事試験場酒米試験地で生まれた山田錦と雄町をルーツに持つ酒米で、当時は「愛山11号」という名でした。1951年には品質を理由に試験が打ち切られるという憂き目に遭いましたが、剣菱酒造株式会社が農家と契約して栽培を開始。その後に愛山という名で復活を果たします。以前に比べれば生産量が増えましたが、他の主要な酒米と比べると少ないため希少価値も高く、「酒米のダイヤモンド」とも呼ばれています。

味わいの特徴
濃醇で果実味のある味わいです。一方で吸水性がよくもろみに溶けやすいため雑味が出やすいともいわれます。

主な産地
兵庫県

愛山を使っている代表的な酒

銘柄:AKABU 純米吟醸 愛山 NEWBORN
蔵元:赤武酒造
公式サイト:https://www.akabu1.com/

銘柄:播州一献 純米吟醸 愛山
蔵元:山陽盃酒造
公式サイト:http://www.sanyouhai.com/

現在進行形で進化する日本酒

全国各地の飲食店やレストランを訪れると地産地消をアピールしているお店が多いことに気がつきます。地元に住む人も観光で訪れた人も、せっかくであればその土地で採れた米や野菜をふんだんに取り入れた料理を楽しみたいと考えるのが自然ですよね。一方で日本酒は意外にも地産地消ではありません。山田錦や五百万石などのシェアの高さからわかるように、日本酒は米を育てた場所とつくる場所が異なるケースのほうが多いのです。

ただ近年は、酒蔵が地元農家と協力して自社栽培に取り組むなどして、地元で採れた酒米を使った日本酒造りが盛んになっています。本メディアで取材した神奈川県海老名市の泉橋酒造もその一つです。また新たな酒米の開発も全国各地で進んでいます。最近では2020年に石川県で「百万石乃白(ひゃくまんごくのしろ)」が、福島県で 「福乃香(ふくのか)」という酒米が新たに誕生しました。きっと今後も多くの酒米が開発され、多くの新しい日本酒が誕生していきます。お酒好き、日本酒好きにとっては幸せな時代なのかもしれません。

まとめ

ここまで酒米の特徴や歴史、代表的な酒米などについて解説してきました。酒米はその特性ゆえに栽培が難しく、今も酒蔵や農家が知恵と工夫をこらしながら試行錯誤を繰り返しています。また、食糧管理法で絶滅してしまった酒米もあれば、奇跡的に復活を遂げた酒米もあります。制度の中で悔しい思いをした作り手も少なくなかったでしょう。きっと今わたしたちが飲んでいる一杯にも、多くのドラマがあったはずです。

酒米の特徴や味わいを知れば、より自分好みの日本酒がわかるようになったり、日本酒選びの視点が変わったり、日本酒をさらに楽しめるようになります。また酒米の歴史を知ることで作り手に思いを馳せ、日本酒がさらに味わい深いものになっていくのかもしれません。

参考

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