「酒器(しゅき)」とは、お酒を注いだり飲んだりするための容器のことです。ワインの酒器はガラスの「ワイングラス」が一般的ですが、日本酒の酒器にはさまざまな素材や形状のものが存在します。
酒器によって日本酒の香りや味わいの感じ方が変わるため、「酒器の数だけ日本酒の楽しみ方が存在する」といっても過言ではありません。日本酒の銘柄にこだわるなら、そのポテンシャルを最も引き出せる酒器にもこだわりたいものです。同じ銘柄の日本酒を、さまざまな酒器で飲み比べて、お気に入りの酒器を見つけるのも楽しいでしょう。
日本酒と言えば「おちょこ」のイメージですが、それ以外にもいろいろな種類の酒器があります。最近では、日本酒用に作られた酒器に限らず、ワイングラスなどで日本酒を楽しむようなケースも増えてきました。
いつも決まったお気に入りのグラスで日本酒を飲むのも、見た目や感覚で酒器を選ぶのも間違いではありません。ですが、日本酒の種類や飲み方にあわせて最適な酒器を選べるようになれば、もっと日本酒を楽しめるようになりますよ。
この記事では、酒器の素材や形状による違いと選び方、おすすめの酒器を紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
日本酒の香りや味わいそのものが、酒器によって大きく変化することはありません。しかし、酒器の素材や大きさ、形状の違いで、香りや味わいの「感じ方」は異なってきます。日本酒の温度の感じ方や変化の仕方も酒器によって変わるため、それもまた香りと味わいに影響を及ぼします。
ただし注意していただきたいのは、酒器による変化のすべてが科学的に解明されているわけではないということです。内容によっては個人の気持ちの問題と言えそうなものもありますが、この記事では諸説あるうちの一説として紹介します。実際には自分でいろいろな酒器を試してみて、感じ方の違いを確かめてみてください。
香りを楽しむのは、日本酒の醍醐味です。酒器によって、香りの感じ方はどう変わるのでしょうか。
酒器の飲み口が広がっているほど、空気に触れる面積が大きくなり、日本酒の香りがフワッと周囲に広がりやすくなります。また酒器の大きさや形状によって、飲むときの鼻と日本酒の距離が変わるため、それも香りの感じ方に影響するでしょう。
つまり日本酒の芳醇な香りを楽しみたいなら、より香りを強く感じやすい形状や大きさの酒器を選ぶべきということです。逆にスッキリ飲みたい場合は香りが広がりにくい酒器を選んだり、味わいを活かすため香りを閉じこめるような形状の酒器を選んだりすることもあります。
あえて木など素材そのものに香りがついている酒器を選び、日本酒の香りと同時に感じるというのも楽しみ方のひとつです。
日本酒の味わいは、香りに比べると酒器による違いを感じにくいと言われています。しかし、人間の味覚は嗅覚に大きな影響を受けているため、香りが変われば味の感じ方まで変わる可能性は大いにあるでしょう。同じ日本酒でも、酒器を変えるだけで不思議と味わいが変化したように思えます。たとえば香り豊かな吟醸酒の場合であれば、一般的な平盃などで飲むよりも、ワイングラスのほうがまろやかに感じることがあるのです。
酒器の形状によって、日本酒が口に流れる量とスピードが変わり、それが味の感じ方に影響を及ぼすという説もあります。現在は否定的な意見が出ていますが、昔は舌の触れる場所によって味が変わるという説もありました。味覚については完全に解明されていないことが多く、謎が残されています。科学的に解明されていないからこそ、自分の感覚で酒器による味わいの変化を探るのも、ひとつの楽しみ方になっているのでしょう。
酒器の見た目や手触りから受ける印象による影響も捨てきれません。人によっては「涼しげなガラスの酒器で飲んだらスッキリした味に感じた」「温かみのある陶器の酒器で飲んだら濃厚な味に感じた」といった錯覚が起こることもあります。
日本酒の香りと味わいの両方に大きな影響を及ぼすのが「温度」です。
日本酒は温めるほど香りがふくよかに広がって、甘みやコクを感じやすくなります。逆に冷やすほど甘みや香りが抑えられて、スッキリと飲みやすくなります。そのため日本酒の銘柄や種類によって飲み頃の温度が存在するのです。酒器には温度を保ちやすいものや、肌で触れたときに温度を感じやすいものなどがあり、日本酒を飲み頃で楽しむのを助けてくれます。
温度によって酒器を変えることで、日本酒の味わいを自分好みに調整するという楽しみ方もあります。たとえば冷たくスッキリしている日本酒は苦味や渋味を感じやすいですが、大振りのワイングラスで香りの総量を増やすと、苦味や渋味が落ち着き、優しい酸味を心地よく感じることがあるのです。
品質が素晴らしい日本酒ほど「繊細かつ複雑」な傾向があるため、温度や酒器を変えることで多様な顔を見せてくれます。いつも決まった飲み方で味わうのもいいですが、さまざまな酒器を試すと日本酒のさらなるポテンシャルを知ることができて、「新しい銘柄をドンドン味わってみよう!」という気持ちが膨らみますよ。
ここからは酒器の選び方を解説していきます。まず注目したいのが酒器の「素材」です。
酒器には、さまざまな素材で作られたものがあります。大昔の日本において、お酒は「かわらけ」という使い捨てされる素焼きの土器で飲まれていました。室町時代ごろから貴族や武家の間で漆器による盃が使われ始めます。陶磁器によるおちょこなどが使われ始めたのは江戸時代からです。そして現在ではガラス製のワイングラスで日本酒を楽しむなど、酒器の素材の幅はどんどん広がっています。
素材にはそれぞれ大きな特徴があるため違いがわかりやすく、酒器選びの最初の基準としておすすめです。ここでは酒器によく使われる素材について解説します。
陶器は粘土を練って、高温で焼き上げたものです。他の素材に比べると厚みがあり、口当たりがまろやかに感じやすいとされています。陶器の大きな特徴は、熱伝導率が低い(熱しにくく冷めにくい)ことです。お酒の温かさを長く保ちやすいので、熱燗を飲むときによく使われます。そのぶん温めるのにも時間がかかるため、陶器の徳利でお燗をするときには注意が必要です。
陶器の表面に塗ってコーティングする釉薬(うわぐすり)にも種類があり、それが土との相性や焼き方によっても変化することから、器ごとにさまざまな見た目も楽しめます。特に陶芸作家が作る1点ものの酒器は、コレクションを目的としている人も多く、ひとつの芸術作品と言えるでしょう。
磁器は、陶石や長石、珪石などの石を細かく砕いて練り上げ、陶器よりも少し高い温度で焼き上げたものです。陶器に比べると薄くなめらかな質感で、よりシャープな味わいを感じやすいとされています。ガラスよりは厚みがあるため、ガラスと陶器の間のような存在と考えてもよいかもしれません。冷酒から熱燗まで幅広く使える万能な素材です。表面にそれぞれ異なる絵付けがされているものも多く、陶器と同じく見た目も楽しめます。
漆器は、木や紙などに漆を塗り重ねたものです。正月に長寿を願って飲むお屠蘇(おとそ)など、お祝いの席で使われるイメージが強いのではないでしょうか。素材としては断熱性が高く、空気や手の温度が日本酒に影響を及ぼしにくいのが特徴です。そのため熱燗は温かいまま、冷酒は冷たいまま楽しめます。また磁器やガラスより丈夫で、落としたりしても壊れにくいです。
錫はさびにくいことが特徴の金属です。融点が低く柔らかいので曲がったりゆがんだりしやすいですが、そのぶん割れることはありません。諸説ありますが、錫にはお酒を発酵させる際に発生する成分で臭みや苦味の原因となるフーゼル油を溶かす働きがあり、錫の酒器を使って飲むと味がまろやかになるとも言われています。
熱伝導率の高さも錫の特徴です。熱燗にする場合は香りを飛ばさず早く温めることができますし、冷酒を入れると器ごと冷えるため涼しい気分になります。ただし空気や手の温度に影響を受けやすく、ぬるくなるのも早いので注意が必要です。
ガラスの最大の特徴は透明であることです。他の素材の酒器とは異なり、日本酒の色や粘度を目で見て楽しめます。金属のような素材の臭いがなく、陶磁器のように水を吸って臭いがつく心配もないので、日本酒本来の香りを邪魔しません。加工のしやすさから、うすはりと呼ばれる他の素材ではあり得ないほど薄い器もあるので、繊細な味を楽しみたいときに最適です。ただし耐熱ガラスでない限り、温めると割れる心配があるので、基本的には冷酒〜常温向けの素材と言えます。
木で作られた酒器といえば、升です。「一升」という単位があるように、升はもともと量をはかる道具でした。江戸時代に升で日本酒の量り売りをしていたところから、直に飲む習慣が生まれたとも言われています。古くからお供え物の器としても使われたため、現在でも升は縁起のいい存在です。スギやヒノキで作られた升に日本酒を入れて飲むと、木の匂いと日本酒の香りが混ざりあって、他の酒器とは違った味わいが楽しめます。木の匂いが苦手な人や、日本酒本来の香りを大事にしたい場合には向きません。コーティングされていない木の升は湿気や急激な温度変化に弱いので管理にも注意が必要です。雰囲気だけを楽しみたい人は、表面が漆や樹脂で加工されているものを選ぶとよいかもしれません。
明確な基準はありませんが、酒器はサイズによって大きく「おちょこ」と「ぐいのみ」の2つに分けられます。それぞれで日本酒の楽しみ方が変わるので、サイズに着目して選ぶのもよいでしょう。
一口で飲み切れるくらいの小さな酒器のことを「おちょこ」と言います。容量が少なくお酒の温度が変わる前に飲んでしまえるので、熱燗を温かいままで、冷酒をキリッと冷えたままで楽しみたいときに最適です。アルコールに強くない人が少量ずつ楽しみたい場合にも向いているでしょう。おちょこは飲み口が小さいので香りが広がりにくく、どちらかといえばスッキリとした味わいになります。日本酒の一升瓶から直接というよりは徳利や片口から注ぐことが多いので、注ぐための酒器とセットで揃えるとよいかもしれません。
その名の通り、ぐいっと飲めるような少し大きめの酒器を「ぐいのみ」と言います。おちょこに比べると、大きさも形も幅広いです。飲み口もおちょこより大きく、口にするときに鼻まで器で覆われるので、しっかり日本酒の香りを楽しめます。ただし容量が多いぶん、飲んでいる途中にぬるくなりやすいことには注意が必要です。そのため常温もしくは温度変化も含めて楽しみたいときに向いています。
酒器の形の違いで、特に注目したいのが飲み口の部分です。飲み口の形によって香りの広がり方や、口当たりの印象が変わります。決まった分類はありませんが、ここでは大きく4つに分けて紹介します。
胴は丸く、飲み口にかけて真っすぐになっているのが「お椀型」です。王道でクセのない形とも言えます。香りも味もバランスよく楽しめるので、いろんな銘柄や飲み方に適しているでしょう。迷ったら、まずはこの形から選んでもよいかもしれません。
飲み口が上に大きく広がっているのが「ラッパ型」です。香りが空気中に広がりやすく、華やかな香りを楽しみたいときに適しています。鼻とお酒の距離も近くなるので、飲むときにもダイレクトに香りを感じやすいです。またラッパ型の酒器で飲むと甘みを感じやすいとも言われています。人間の味覚は感度に差があり、実は苦味や酸味より甘みのほうが感じとりにくいのです。しかし、ラッパ型の酒器は一度に口の中に流れ込む液体の量が多いため、苦味だけでなく甘みまで感じとれるのではないでしょうか。
胴は丸く、飲み口にかけてすぼまっているのが「つぼみ型」です。すぼまっている部分に空気がたまりやすく、口にするときに強い香りを感じられるため、濃厚な香りを楽しみたいときに適しています。一方で飲み口が狭いぶん、空気中に香りは広がりにくいです。飲むときにも、すぼまっている部分に少し液体がたまってから一気に流れ込むため、ラッパ型と同様にしっかりと甘味を感じられるとされています。
胴から飲み口にかけて真っすぐなのが「ストレート型」です。この形も飲み口が狭く、さらに高さがあって飲むときの鼻との距離も遠くなります。そのため他の形に比べると香りを感じにくく、スッキリとした感覚で飲めるでしょう。香りにクセのある日本酒なども飲みやすく感じるかもしれません。口に流れる液体の量を調節しやすいので、少しずつ味わって飲みたいときにも向いています。
飲み口の厚さによっても、口の中への流れ込み方が変わるため、別の味わいに感じられることがあります。
飲み口が薄いと、液体がスムーズに流れるのでスッキリとした味わいに感じるとされています。温度を感じやすいとされる舌先に触れるので、冷酒などの冷たさも感じやすくなります。そのため冷えたお酒をスッキリとした味わいで飲みたいなら飲み口が薄いものがおすすめです。
一方で飲み口が厚いと、それを乗り越えるために塊のように一気に液体が流れ込むので甘さを感じやすいとされています。舌の奥のほうに流れることで熱さを感じにくく、熱燗でも飲みやすくなります。そのため常温~熱燗のお酒をしっかり味わいたいなら飲み口が厚いものがおすすめです。
唎酒師の試験を主催する日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会が、日本酒の香味を4つに分類しています。その分類ごとに、自分が飲む日本酒に合わせて酒器を選ぶのもいいでしょう。
薫酒は、フルーティーで香りが高いのが特徴の日本酒です。味わい自体は軽快なものが多く、主に「大吟醸酒」や「吟醸酒」が薫酒に当てはまります。華やかな香りを楽しめるよう、冷酒で飲むのがおすすめです。合わせる酒器も香り高さを活かせるラッパ型やつぼみ型がよいでしょう。ワイングラスで楽しむのもアリです。
爽酒は、すっきりと軽い飲み心地が特徴の日本酒です。主に「普通酒」「本醸造酒」「生酒(または生貯蔵酒)」が当てはまり、淡麗と表記されている場合もあります。普通酒・本醸造酒は常温~熱燗、生酒は冷酒で飲むのがおすすめです。細身のストレート型など、香りが広がりにくい酒器のほうがスッキリした味わいを活かせます。
醇酒は、米の旨味を感じる濃厚な味わいが特徴の日本酒です。主に「純米酒」「生酛」「山廃酛」が当てはまります。常温~熱燗がふくよかな甘味を感じやすくておすすめです。酒器は、香りと味わいのバランスがとれたお椀型が似合います。温度を保ちやすい陶器の小さめのおちょこなどで、ちびちび楽しむのもよいでしょう。
熟酒は、独特で複雑な香りと液体の色づきが特徴の日本酒です。原料や製造法に限らず、3年以上熟成されたものが当てはまります。常温からぬるめだと独特な香りを活かしやすいです。香りを閉じ込めるつぼみ型だと独特な香りを活かせます。あえてクセを弱めるために冷やしてストレート型のグラスで飲むのもいいかもしれません。また液体の色を楽しむためにガラスの酒器を使うのもおすすめです。
ここまで飲むための酒器の話をメインでしてきましたが、「注器」とも呼ばれるお酒を注ぐための器もあります。一升瓶から直接注いでもよいですが、注器があるとより日本酒を楽しめるでしょう。特に熱燗などをする場合はあったほうが便利です。また注器に関しても少し前に書いた素材による違いが当てはまるため、参考にしてください。
徳利は、ひょうたんのように首が細くなっていて胴が丸い容器です。飲食店などでも一番よく見る形かもしれません。陶器、磁器、ガラスなどさまざまな素材のものがあり、冷酒にも熱燗にも使えます。サイズは1合か2合のものが多いです。おちょことセットになっていることもあります。
片口は、片方だけに注ぎ口がついたお椀のような容器です。ピッチャーのようなものと言ってもよいかもしれません。徳利と同じくさまざまな素材のものがあります。口が広いため食卓に香りが広がるのが特徴です。ワインのデキャンタのように空気に触れさせてまろやかにする効果も期待できます。冷温で保存していたお酒をゆっくり室温に近づけていくのにも使えるでしょう。ぬるくなりやすいということでもありますから、基本的には冷酒もしくは常温で使います。
ちろりは、持ち手と注ぎ口がついた筒のような形の容器です。多くは錫や銅などの金属で作られていて、基本的には熱燗を作るために使われます。熱伝導率が高く、均一に温めやすくなるのが特徴です。温度と香りを閉じこめられるように、フタがついているものもあります。
銚子は、細長い注ぎ口と持ち手がついた急須のような容器です。基本的には漆器や金属で作られています。お神酒を盃に注ぐ際などに使われていて、あまり自宅で使用されることはありません。
最後に、日本酒の保管セラーの製造会社の代表を務め、これまでに300銘柄の日本酒を飲んできた私がおすすめする酒器・グラスを紹介します。
「うすはり」とは、職人技によって通常のグラスの1/2以下、約0.9mmという極限の薄さを実現したガラス製のグラスのことです。飲み口が薄いので、液体の質感が軽く感じやすく、日本酒をスッキリと味わえます。
最近の日本酒は飲みやすく、ついつい飲みすぎてしまいがちだったので、適切な量をちびちび飲めるよう小ぶりなグラスを選びました。食事に合わせて、いろいろな銘柄を呑み比べたいときにもピッタリです。
近年、人気の日本酒はワインのように香りを楽しむものが多いです。いろいろな酒器を試しましたが、そうした銘柄にはやっぱりワイングラスが合います。ワイングラスの中でも、オールマイティに使える450ml程度のサイズが特に使いやすいです。
ワイングラスを回して日本酒を空気に触れさせると少し温度が上がるので、風味の変化を楽しめます。また、そのときに心地よい香りがグラスの中に残るのもワイングラスの良さです。味わいもまろやかに感じやすく、フルーティな日本酒を冷たい温度でスルスルと飲みたいなら、ワイングラスが個人的に一番おすすめです。
撮影の仕事がきっかけで気に入り、集めるようになりました。酒器そのものに芸術性があり、形や模様を見ているだけで魅了されます。他にはない一点ものなので、コレクションするのも楽しいです。
冷酒から常温、熱燗まで、季節のお酒と好みの飲み方にあわせて、コレクションの中から選んで楽しんでいます。
錫で作られた片口とおちょこ2つのセットです。冷酒の冷たさを存分に楽しめる酒器を探していて出会いました。複数人で日本酒を飲むときは片口があると便利です。
錫の酒器は冷たい日本酒を注ぐと一緒に冷たくなるので、清涼感やスッキリ感を味わいやすくなります。それでいてガラスと違って割れる心配がなく、こだわりの酒器を長く使いたい方にもおすすめです。
事業再構築