本物の”地酒”って何だろう?──釜屋が問い直す、酒造りの原点

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SAKE TALK 編集部

13代目代表取締役社長 小森様/杜氏:松沼様

埼玉県といえば、東京近郊の住宅地というイメージを持たれがちですが、実は全国でも有数の日本酒出荷量を誇る「酒どころ」でもあります。

埼玉県に現存する中で最も長い歴史を持つ酒蔵が、加須市にある「株式会社釜屋」。
江戸時代中期の1748年に創業したこの蔵は、近江商人の知恵と商才を受け継ぎ、現在も新たな酒造りに取り組んでいます。

今回は13代目代表取締役社長 小森様にお話しをお伺いしました。

近江商人の知恵と行動力が築いた酒造業

釜屋の創業は江戸時代中期、1748年にさかのぼります。創業者の釜屋新八は、近江商人の一員として、商才と先見の明を活かして、当時の加須市(旧騎西町)に酒蔵を開きました。

近江商人は「伊藤忠商事」「大丸」「高島屋」など様々な大企業を創業するような優秀な行商人です。商才に加え、どこでも適応し、広いネットワークを駆使して事業を発展させる力を持っていました。

現在、多くの日本酒はブランド名や銘柄名をつけて販売されていますが、昔はほとんどが“どこどこ(地域名)の酒”と呼ばれ、地域の名前で流通していました。日本酒に名前をつけ始めたのは、おおよそ1800年頃と言われていますが、釜屋では1785年にはすでに「力士」と名付けたお酒を製造・販売していたと伝えられています。

「現在は相撲取りが”力士”と呼ばれていますが、その呼び名がつくずっと前に”力士”と名付けた名称酒を販売していました。近江商人は、業種や住まいが異なっていても、仲間同士で情報交換の場を必ず設けていたそうです。年に1回は集会を開き、当時の最先端の情報を交換していたようなので、このような情報交換の場で、名称酒に関する情報を得て、他の酒蔵に先駆けて名称酒を取り入れることができたのではないかと考えています。」

また、凄腕行商人が醸すお酒は江戸でも評判があがっていたそうです。

「江戸時代の記録を見ると、地元の消費がメインではありましたが、江戸にも船で運んで販売していました。通常は灘や伏見のお酒が江戸に持ち込まれる下り酒が主流だったそうですが、冬季は風や海流の影響で他の地域からの酒が運びにくくなり、そのため近くの埼玉の酒が重宝されたようです。きっかけは‘’冬季限定‘’でしたが、運ばれた江戸で評判が上がり、冬季だけではなく通年江戸でも楽しまれるお酒になったそうですよ」

現在のように運送網が発達していない江戸時代にも、日本の中心に近い好立地ならではといえるポイントがあったようです。そのエリアに住まう人や訪れる人だけではなく、江戸へ流通させることも狙って加須市に酒蔵を開いていたのでしょうか。

新しい味わいを切り開く「ARROZ」

釜屋は、江戸時代から続く伝統を大切にしながらも、時代の変化に柔軟に対応してきました。江戸時代の商人精神を受け継ぎ、今日に至るまで進化を続けている釜屋は、伝統的な酒造りの枠を超え、常に新しい挑戦に取り組んでいます。

そうした姿勢のもと、生まれた日本酒が2013年発売の”ARROZ(アロス)“です。

ワイン酵母を用いて仕込んだ、まるで白ワインのような味わいを持ち、当時では全く新しいスタイルの日本酒でした。

「ARROZ」は瓶詰め後に約2年間の熟成を経て出荷されており、その繊細な酸味とやわらかな甘みは、一般的な日本酒のイメージを大きく覆すものです。編集部内でも、「知らない国の白ワインだと言われたら信じる」「これはデイリー日本酒にしたい」という声が多くあがり、日本酒に馴染みのなかった層からも高い評価を得ています。

開発の背景には、当時の日本酒を取り巻く厳しい環境と、それに対する釜屋の柔軟な視点がありました。

「”ARROZ“を開発したのは私が副社長時代の2012年頃でした。当時、日本酒には今のようなポジティブなイメージは少なく、世間からは‘’おやじが飲む酒‘’くさい‘’‘’次の日に残る‘’などのネガティブなイメージが多かったと思います。

2010年頃にワイングラスで大吟醸などの吟醸系の華やかなお酒を飲む事が流行り出し、それから少しずつ日本酒自体のイメージが変わってきて女性が飲む事も増えてきました。
この潮目に便乗し、何か新しいことができないかな?と得意先の方と話していたときに、『ワイングラスを使ってのむなら、もっとワインのような日本酒』が出来ないかな?と思ったのがきっかけです。」

そうした発想を起点に、ワイン酵母のサンプルを入手したり、製造方法を検討したりするなど、社内で前向きな取り組みが始まりました。小さなタンクでの試験醸造を経て、「これはいける」と確信し、本格的な製造がスタートします。

予期せぬ熟成との出会い

「今は約2年間熟成させていますが、当初は狙ったものではなかったんです。
とんとん拍子に仕込みが終わり、出来上がったので、完成時に名前も決めておらずラベルも何もありませんでした。出来上がってから発売の準備を進めていたら、いつの間にか2013年秋頃になっていて、結果的に1年間寝かせるような形になってしまいました(笑)
実際に準備が終わったタイミングで飲んでみたら、『こっちのほうが良いじゃん!』となり、今でも熟成させてから出荷しています。」

熟成によってより調和した味わいは、意図せず得られたものでありながら、”ARROZ”の個性を決定づける大きな要素となりました。

「発売当初の2013年は今ほど多様な日本酒を受け入れる土台はなく、ARROZのような王道ではない、奇抜な日本酒はあまりありませんでした。既存のお客さんに紹介しても『面白くていいね!』と言ってくれる方もいれば、『なんだかお酢みたいなお酒だね』などのお声もあり、すぐに売れ出したわけではありませんでした。
とにかく、商品を知ってもらいたくて販売店の店頭で試飲会を行い、お客様と話しながら販売を行う事で、少しずつ販売数も伸びていきました。」

現在では人気ラインナップのひとつとなった「ARROZ」ですが、その背景には、丁寧な対話で信頼を積み重ね、そして“面白いけどどう売るの?”という声すら包み込むような釜屋の粘り強さがありました。
日本酒の多様化が一般的になった今も、ARROZはその先駆けとして、釜屋の挑戦心を体現し続けています。

埼玉で醸す酒としての原点回帰

新たな日本酒の可能性に取り組む一方で、釜屋は改めて自社の酒造りの原点を見つめ直す機会に直面しました。

「昔は県外産の原料米を主に使用して酒を造っていました。創業当初は米も水も良いこの地なので、もちろん地元産の原料米で製造していたと思います。
明治〜昭和にかけて生産量を増やす中で、埼玉でつくれるお米や採れる量にも限りがありますから、県外産のお米を使うようになりました。」

小森様の代となってからも県外産の酒米を使っていた釜屋。しかし、ある展示会での経験が、転機となったといいます。

「ちょうどその頃、海外の展示会に出展する機会があり、徳島県産の山田錦を使用したお酒を目玉にしていたんです。展示会でお客様対応をした際に『徳島県のお酒なのね!』と言われてしまった事がありました。
今後の海外進出も考えた時に、『地元の原料を使ってお酒をつくる』——それがグローバルスタンダードなんだと実感する出来事でした。

全国各地には地酒があり、その地を訪問すると地酒を選ぶことが多いと思います。埼玉でつくっているから『埼玉のお酒』というだけではなく、原料米も含めて埼玉のものを使用していくことで、本当の地産地消に繋げていきたいと思っています。」

こうした思いのもと、釜屋では酒米を埼玉県産に切り替える動きが進んでいます。なかでも「埼玉県加須市産」の酒米を使ったラインナップが目を引きます。

たとえば、「加須の舞」や「加須の舞 スパークリング」、「加須の舞 ブルーベリー酒」などに加え、平成国際大学女子硬式野球部の部員が田植えから収穫まで行った加須産山田錦を使った「純米大吟醸 明軽」など、地域との関わりを深めながら“真の地酒”を形にしています。

未来に向けて——新ブランド「新生力士」

『新しい可能性への挑戦』——釜屋が経営理念として掲げる言葉です。

釜屋では、新たな時代の主軸となるブランドとして「新生力士」を立ち上げました。その背景には、「米・水・人が活きる酒」を目指す明確なコンセプトがあります。

「新しい日本酒、新しい酒造りの挑戦を普段から心掛けています。ただ、コンセプトをコロコロ変えて流行りの味わいのお酒を追い続けるという事ではなく、地元の米を大事に使う・中硬水という水質を活かしたしっかりとした味わいの酒造り・お客様に満足していただける価値の提供などの基本的な姿勢・理念は変えずに、何が出来るか考えた結果、生み出されたのが『新生力士』でした。」

「新生力士」の核となるのが、釜屋独自の“三低製法”です。

低精白(精米歩合90%)
一般的な家庭用のお米と同程度の精米歩合にとどめることで、お米のロスを最小限に抑えます。

低温発酵
酵母の働きを緩やかにし、アミノ酸の生成を抑えることで、雑味を減らしながら旨味と甘味を引き出します。

低アミノ酸
麹造りを工夫することで、アミノ酸の過剰な生成を防ぎ、すっきりとした味わいに仕上げます。

使用する米は、埼玉県産の「彩のきずな(一般米)」。江戸時代から続く酒造技術と、現代の製法を掛け合わせ、この土地ならではの味を追求しています。 もちろん、こだわっているのは製法や原料だけではありません。

新生力士は、精米歩合90%という超低精白でありながらも雑味が少なく、旨味とキレのバランスが取れた味わいに仕上がっています。

実際にクラウドファンディングで提供した際には、多くの感想が寄せられました。

  • 「精米歩合90%ということで雑味があるかと思いましたが、複雑な旨味もありつつ爽やかさもあり、刺し身との相性もバッチリでした。」
  • 「最近の超高精白のお酒に疑問を持っていたので、精米歩合90%でこれだけの味に仕上げていただいたのは素晴らしいと思いました。」
  • 「ロスを抑えるこの製法は、もっと広まってほしい。」

こうした声は、「地元の米を活かし、地元の水で醸す」という釜屋の信念が、確かに共感を生んでいることの証と言えるでしょう。

江戸時代から続く伝統の技術と、地元への想いを原動力に、釜屋はこれからも“本当の意味での地酒”を追い求めます。
「滋味で日々に酔い添う」そんな日本酒を、これからも。

株式会社 釜屋

代表者:小森 順一
住所:埼玉県加須市騎西1162
公式サイト:https://rikishi.co.jp/

Instagram:https://www.instagram.com/kamaya_sake_brewery/

釜屋公式オンラインショップ:https://shop.rikishi.co.jp/

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