人の支えと、丁寧な基本が醸す 五十嵐酒造の一杯

SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部

5代目代表取締役社長 五十嵐様/杜氏:小林様

“埼玉の銘酒と言えば”と聞かれたときに、必ずと言って良い程名の上がる「天覧山」と「五十嵐」で知られる五十嵐酒造。

有名日本酒レビューサイトでも、埼玉県3位且つ4つ星以上の評価を得ており、新酒鑑評会や様々なコンテストで金賞を受賞する実力があります。

造り手の哲学

「酒造りって、同じ米・同じ酵母・同じ時期に同時に作っても、他の蔵と同じものはできないですよね。何が違うかというと、『どこで、誰が、どういう風に造ったか』
いい米を使うのはもちろん良いけれど、一番大切なのは『造り手』だと思っています。」──そう語るのは五十嵐酒造 5代目五十嵐 正則社長。

米が酒を造るのではなく、作り手が酒を造る。
五十嵐酒造の酒造りのこだわりは酒造りを始める最初の工程『洗米と浸漬』。

「昔はずっと機械を使わず、手造りにこだわっていました。手作業で行うことがマイナスポイントになる工程もあると考え、より質の良い機械を導入した工程があります。」

全てを手造りでこだわっていた時代は、米洗いも全て手作業。
全員の籠にお米を15キロずつ入れて、一斉に同じ動き、同じ時間で手洗いを始めていました。
作業が終わってから重さを計ると、それぞれの担当者によって重さが違いました。個人の力加減や、その日の疲れ度合いによっても差が大きく開いてしまいます。そんな差を減らすためにナノバブルで優しくお米を洗うことが出来る洗米機を導入したそうです。

機械だけでなく、作業の温度にもこだわりが。
「洗米と浸漬の工程は『10℃』の水と決め、1万リットルタンクで温度を保ちます。米は水温が低いと水を全然吸わず、高いと結構水を吸ってしまいます。
このナノバブルの米洗いと10度の水温での浸漬の工程でお米がピタッと想定していた数値になるんですよ。この工程が上手くいかないと、麹の作業やその他の仕込みも本当に上手くいかないんです。」

同じ米であっても、産地や収穫時期によっても浸漬時間は変わるそうで、蔵にはその時のお米に適したの浸漬時間表が貼りだされています。
酒造りに必ず必要な工程をとにかくひとつひとつ丁寧に作業する。一見華やかに見えないと思われるそんな部分を、大切にする姿勢が五十嵐酒造の根底にあります。

苦境を乗り越えて得られた たくさんの“恩”と“繋がり”

「この蔵は、地域の大工さんから『酒蔵を建ててあげるかわりに、生涯お酒を無料で提供してね』という提案の基で建設された歴史があります。」そう笑いながら語る五十嵐社長。
五十嵐酒造が支えられている事を実感できるエピソードは数多くあります。

たくさんの地域の酒米を使った酒造りを行うことでも知られる五十嵐酒造。元々は特定の地域に限定したお米を使用していた過去があります。
日本酒好きの中でも「自地域のお米を使用しないのはなぜなのか?」という議論は一定数あります。そこには人の縁をつなぐ深い理由がありました。

「昔は埼玉県産と長野県産のお米をメインに酒造りをしていましたが、平成5年頃に平成の大不作がありました。その夏は冷夏・日照不足・長雨が続き、稲作は壊滅的な状況でした。
埼玉のお米も例外はなく、不作でほとんど用意することが出来ませんでした。頼みの綱であった長野県産のお米も、県外には出荷されず県内消費に回ってしまいました」

『今年はもう酒は造れない』——そう半ば諦めかけていたそうです。

そんな時に、今まで取引のなかった地域から思いがけない救いの手が差し伸べられました。
他の地域も不作なのは変わらないのにも関わらず、今まで取引のなかった地域から米を少しずつ分けてもらえることになりました。

「助けてもらった恩もありますし、今でも変わらず取引を続けていて、お酒を造り続けています。」
そう笑いながら30年以上経った今でも、自分の蔵がピンチだった時に助けてくれた地域に感謝し、敬い続けている、そんな人や地域との縁をとても大切にしています。

お米をブレンドすることで産地記載ができない商品もありますが、多数の地域のお米を使用して酒造りを行うことは五十嵐酒造にとっての”縁と恩の結晶”でもあるのです。

“地酒の聖地“との出会い

たくさんの人に支えられる五十嵐酒造にもピンチが訪れます。
それは“取引先酒屋の閉店”です。

近年は取引先の昔ながらの酒屋も後継者不足で閉店する店舗も多く、元々取300社近くあった取引先が、ここ5年~10年くらいで30社くらいまで減る予定だそう。

五十嵐酒造が丹精込めて作るお酒のうち70%は県内流通。販売店の減少は五十嵐酒造の経営を圧迫し、窮地に立たせることとなりました。

今までのままではいけない。自社販売、スーパーマーケットへの卸販売をするべきか・・・考えれば考えるほど、今後についての不安は募るばかり。

どうすればいいのかも分からず、藁にも縋る思いで頼ったのは、地酒の聖地とも称される「小山商店」(東京多摩市)の小山喜八会長でした。

率直且つ漠然と「今後が不安で不安でしょうがないです。これからどうしたらいいんでしょうか。」と相談したそうです。

この相談先の小山商店は、一般的な地酒屋ではなく「酒蔵を育てる地酒屋」としても全国の酒造から知られており、
当時無名だった「十四代」や「飛露喜」を全国的な銘酒へと育て上げた実績があります。

そんな小山会長から貰ったアドバイスは、「天覧山」のように一般的に流通しているお酒ではなく、“大量生産できない限定流通”の価値ある商品を作ること。
その提案とともに、‘’五十嵐酒造の良さ‘’とは何であるかを一緒に考えてくれました。

五十嵐酒造で醸すお酒の良い所を探していった結果『搾っている時の状態が一番おいしい』という結果に辿り着きました。

搾りたての味わいで美味しいお酒をつくる事が出来れば、小山商店で取扱ってくれるというチャンスを小山会長からもらい、試行錯誤の結果、搾りたての味わいが楽しめる「直汲み五十嵐」が誕生しました。

小山会長へ相談する前は販路を変更する事も視野に、様々な方法を検討したそうですが、どうしても根底に残る気持ちは『お酒として認められたい』その一心。
「ただ売り場に陳列されているだけのお酒になりたくない」そんな思いを拭えず、今後も酒屋等のお酒専門店で販売される商品でいたい。そんな思いがより強まったといいます。

酒造りを続けていくためには、飲み手だけでなく売り手にも選んでもらう事が必要なのです。

お店に陳列されることがゴールではない

こうして「直汲み 五十嵐」を、2010年12月から小山商店を始めとする一部特約店限定で販売開始しました。

小山喜八会長は、当時の五十嵐酒造の若い社員や社長が熱心で、つい何か力になってあげたいと思ったと振り返ります。
「天覧山もいいお酒ではあるが、多くの問屋も取扱っていてよく出回っているお酒でした。地酒専門店目線で見ると、問屋でも取り扱っている商品だと価格競争で負けてしまう。他の酒屋、酒蔵がやっていないお酒を用意することで差別化し、値段も崩さないで売る。それが小山商店の考えです。」

小山商店で直汲み五十嵐を取扱い始めてから15年

程よいガス感と香りが特に20~40代の若い方に人気で、リピーターも多くつく定番商品となりました。
購入を検討しているお客様へは、小山会長が直々に「このお酒は美味しいよ!」と後押しすると高い確率で購入に繋がるといいます。

たくさんの酒蔵の面倒を見てきた小山会長だからこそ“酒蔵の成長は、自分の店の成長“という思いが人一倍強く、
「五十嵐をただ売り場に陳列されているだけのお酒にしない。売れるお酒に育てる酒屋でなくちゃ。売れる酒はみんな仕入れたい。でもそうじゃなくて、自分たちが売るもの。このお酒の良さを分かってくれる、“この人なら任せたい”と思える人にこのお酒を託してほしい。」と話します。

ラベルは小山会長直筆デザインで、喜八印も入っています。お酒の味わいだけでなくラベルデザインの手伝いをしながら、温かく五十嵐酒造を見守ります。

五十嵐酒造の『お酒として認められたい』「ただ売り場に陳列されているだけのお酒になりたくない」 五十嵐社長や蔵人たちの熱意・そんな思いに寄り添う強い味方がいました。

チャンスにはとことん食らいつく

こうしてたくさんの人に支えられながら日本酒を造る五十嵐酒造。

もらった恩は必ず返し、アドバイスは絶対に無駄にしない。チャンスがあれば全力で。そんなポジティブな酒造りを行っているそうです。

杜氏の小林清司さんは、「お酒はこどものように可愛い。新しい酒造りの探求心が抑えられない」と語ります。 「日本酒は武士の時代よりもずっと前から造られてきて、その頃からずっと美味しく飲まれてきた。基本を大切に、大事なところをぶれないようにしながら、現代に好まれる美味しいお酒造りをしていきたい。」

勉強会等で、新しいお酒造りの方法や酵母の情報を入手するとすぐに「やってみたい!」と五十嵐社長に直談判をするそう。
「美味しいお酒が造れるのであれば良いから、必ず作る前によく勉強をすること」を条件に新しい方法での酒造りが、いつも許されているそうです。
そうして赤色酵母を使用し、甘酸っぱい味わいが特徴の「MOMO」や極端に仕込水を減らした「十水仕込み」などが生まれるきっかけとなりました。

「新しい酒を醸し、初めて口にする時。それがお酒をつくる人間の楽しみ!」そう笑顔で語ります。

チャンスがあれば全力で”は酒造りだけではなく、飲み手との繋がりにも通じています。

SNSでは飲み手の感想に対してお礼のご連絡を行い、日本酒イベントでは社長が率先しお客様へお酒をご案内。
蔵見学も社長自らが対応。丁寧にお客様をおもてなしし、日本酒造りと五十嵐酒造がより身近に感じる体験を提供しています。

「出来る限り飲み手と交流したいと思っています。多くの方にまずは五十嵐酒造を知ってほしい気持ちでいっぱいです」

五十嵐酒造が醸す一杯には、たくさんの人々の情が詰まっています。
そんな特別な一杯を、ぜひ楽しんでみてください。

五十嵐酒造株式会社

代表者:五十嵐 正則
住所:埼玉県飯能市大字川寺667-1
電話番号:042-974-7788(店舗)
公式サイト:https://www.snw.co.jp/~iga_s/
公式オンラインショップ:https://www.tenranzan.jp/
SNS(X):@tenranzan50

こんな記事も読まれています

日本酒を美味しく飲むための酒器(グラス)の選び方とおすすめの酒器
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
山田錦、五百万石、雄町、愛山・・・何がどう違う?日本酒がもっと楽しくなる「酒米」の話
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
日本は世界一酒税が高く、世界一下戸の多い国?不利な境遇で酒蔵が発展してきたわけとは
SAKE TALK 編集部のプロフィール画像
SAKE TALK 編集部
300銘柄の日本酒を飲んだ私がおすすめする日本酒初心者のお酒の選び方
穂積亮雄のプロフィール画像
穂積亮雄
上に戻る