国内の日本酒消費量はピーク時の3分の1以下、酒蔵の数は1970年代から現在までで約半数に。(※1)
これはいまの日本酒業界が直面している現実です。一方で、海外に目を向けてみれば、日本酒の輸出量はここ10年余り増加し続けています。2021年には、前年比66.4%増で約402億円もの日本酒が海外へと輸出されていきました。(※1)
古くから続く伝統産業なのに、日本国内ではなかなか厳しい状況にある。対して海外では、大きな伸びを見せている。そんな日本酒に可能性を見出し、2018年に創業したのが株式会社RiceWineです。
代表の酒井さんは日本酒好きだったわけでもなければ、そもそもお酒はあまり飲めないといいます。そんな酒井さんが牽引するRiceWineが造る日本酒ブランド「HINEMOS」は累計数十万本以上を売り上げる人気ぶり。日本酒を“知らない”からこそできた、常識にとらわれない酒造りの裏側に迫ります。
※1 参考:国税庁「令和4年3月 酒のしおり」https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/000.pdf
RiceWine創業前は、株式会社リクルートに所属しIT領域で8年間の社会人生活を過ごしてきた酒井さん。彼を起業へと突き動かしたのは「日本のためになる仕事をしたい」という気持ちでした。
「前職時代、僕は海外に駐在して仕事をしていました。フィリピンやインドネシアで仕事をしていく中で、経済状況が悪化したり暗いニュースが増えたりする日本を外から見て、どうせ長くやるならもっと日本を豊かにする仕事をしたいなと思うようになったんです。
単身赴任中に、息子が生まれ、妻と息子の近くで働きたいという気持ちもありました。そこで、妻の実家がある小田原に引っ越してきて、何か日本のためになる事業をしようと考えたのが最初のきっかけです」
起業を決めた酒井さんが選んだ舞台は日本酒業界でした。前職時代には仕事ではもちろん、プライベートでもあまり日本酒に親しみがなかったといいます。それなのに、日本酒業界での起業を選んだのにはどんな理由があったのでしょうか。
「小田原に引っ越したものの、『日本のためになる』という観点や、子どもの頃からの希望で海外に出ていけるような事業領域がいいなと思っていたんです。でも、ビジネス的な視点で考えたときに、テクノロジーで海外に勝つのは難しいし、語学がネックになる領域も難しい。
そこで行き着いたのが、海外企業が真似しにくい日本の伝統産業でした。伝統産業の中にも色々ありますが、妻の実家近くには酒に適した『酒匂川』が流れていて、酒蔵がたくさんあり、結婚して僕の名字も酒井になって、なんだかお酒に縁を感じたんです。
今まで日本酒とは縁もゆかりもなかったのですが、だからこそフラットな視点で事業が見られるんじゃないかとも思いました。そこからすぐに酒蔵を訪問して、2018年7月にHINEMOSの杜氏をしてくれている湯浅さんと出会いました」
酒井さんと湯浅さんが出会ったのは、当時湯浅さんが勤めていた酒蔵・井上酒造でした。1年間、湯浅さんと共に井上酒造で酒造りの修行を積み、OEM(委託醸造)の形でHINEMOSのお酒造りが始まりました。しかし、そこである問題が起きたのです。
「清酒(日本酒)の製造免許って戦後から新たに発行されていないんです。だからベンチャーが参入するのは難しくて、僕たちも最初は井上酒造さんで委託醸造していただいていました。でも、井上酒造さんも自社のブランドがあるし、タンクの量も人手にも限りがある。HINEMOSの製造量には上限がありました。
ある時ついに、2月に出したHINEMOSの飲み比べセットが4月には売り切れてしまうという事態になってしまいました。通常の酒蔵では日本酒は冬の間に造るので、僕たちは売るものがなくなってしまったんです」
ベンチャー企業として成長を目指すうえで、売る商品がないという状況は致命的でした。そんな状況を打破したのが、冷蔵倉庫の中に酒蔵を作り、1年を通してお酒が造れる四季醸造を実現するという画期的なアイデアです。
「いまのHINEMOSの酒蔵は、もともと井上酒造さんのお酒を保管していた冷蔵倉庫の中にあります。ある日、この倉庫に来た湯浅さんが『この冷蔵倉庫の中でお酒造れたら最高ですね』と言ってきて。なかなか事例はないですが、できるんじゃないかと思いました。倉庫会社の社長さんにお願いして、倉庫を改築して酒蔵を作りました」
とはいえ、免許がない限りは日本酒造りはできません。そこで行ったのが既存の酒蔵からの免許の移転です。
「湯浅さんのお父さんが愛知県で酒蔵をやられていたんですね。でも、当時はもう廃業を考えていたそうです。湯浅さんはお父さんの仕事を継ぎたい気持ちがあったし、僕としてはOEMにはキャパシティの問題で限界を感じていたので、自社醸造をしたいと思っていました。だから、湯浅さんの実家から小田原に製造免許を移転してもらいました。免許移転の事例も日本で数蔵しかなかったので、本当に大きなご縁だったと思っています」
そんな酒井さんと湯浅さんが共に作り上げてきたHINEMOSのお酒の大きなカギとなっているのが「味」と「コンセプト」です。HINEMOSから最初に発売された日本酒「REIJI」。ロゼワインのように透き通った赤い色と、甘さが特徴的です。今でも1番人気だというこのお酒が生まれた背景に、HINEMOSの軸の1つ「味」についてのこだわりがあります。
「湯浅さんと出会って色々な試飲会でお酒を飲んだのですが、正直に言うと僕にはあまり味の違いが分からなかったんです。それを素直に伝えたところ、湯浅さんは自身が審査員を務めている日本酒のインターハイのような大会『全国新酒鑑評会』の審査基準を見せてくれました。
資料を見ると、甘すぎてもだめ、辛すぎてもだめ、乳酸臭がしてもだめ……というように減点評価になっていることがわかりました。その結果、いわゆる綺麗なお酒が入賞しやすくなっています。大会で勝ったお酒は当然、多くの問屋さんや酒屋さんに買ってもらえます。そうすると、みんな大会の基準を目指してお酒を造るので、味が似てくるんです。
でも、ある試飲会に行ったときにカクテルみたいな日本酒に出会って、ものすごく美味しいと思いました。大会では甘すぎると言われるかもしれないけれど、僕は美味しいと感じて。だから、あえてHINEMOSは日本の審査基準に則らないお酒を造ることにしました」
日本酒業界での経験が長い湯浅さんは「果たして甘いお酒が売れるのだろうか」と初めは不安を感じていたといいます。一方で、今までお酒に強い人の視点で日本酒造りをしてきた湯浅さんにとって、お酒があまり飲めない酒井さんの視点は新鮮でもありました。「アルコール離れ」が進んでいる今、お酒が飲める人よりもお酒が飲めない層へアプローチすることで、より多くの人が日本酒を楽しめる可能性が広がりそうです。
審査基準には則らない、けれど美味しい。そんなHINEMOSの味のカギを握っているのは、製造工程です。一般的に「日本酒は米と水の質が命だ」と言われますが、HINEMOSでは素材に頼り切ることなく、独特の味を生み出しています。
「日本酒にはよく米違いや水違いで同じ銘柄が出ていることがありますが、これも僕は色んなお酒を飲んでみてもあまり違いが分かりませんでした。それよりは、製造工程が大事だと思ったんですね。だからこそ、HINEMOSは同じお米を使いながらも、作り方によって味を大きく変えています。例えば、HINEMOSのお酒は基本的に本来行うはずの三段仕込みをしないで、銘柄に応じて仕込み段数を変えています。既存のやり方に縛られることなく、柔軟な発想で酒造りをすることを心掛けています」
※2 日本酒の製造工程の一つ。醪(もろみ)と呼ばれる水・蒸米・麹・酒母を混ぜ合わせて発酵させたものを作る工程。この、醪を添、仲、留の三段階に分けて仕込む方法を「三段仕込み」と呼ぶ。
※3 蒸米、麹、酵母、水、乳酸でできる酒のもとになる酵母の1種。アルコール発酵を促す役割がある。
ここまで紹介してきたREIJIのほかに販売されているのは、ICHIJI、NIJI、SANJI……。そう、HINEMOSの商品には時間の名前が付けられているのです。「味」に次ぐ、もう1つの大きな軸である「時間」というコンセプトは、どのように生まれたのでしょうか。
「日本酒業界に入ってまず思ったのが、『難しい』でした。造り方一つとっても、生酛、山廃酛、速醸酛なんて聞いてもわからないですよね。日本語でも理解できないのに、これを海外に伝えるのは無理だと思いました。海外の人でも理解できるように伝え方をシンプルにしたいというのが最初の目的でした」
そして、クリエイティブディレクターを務めるメンバーと、居酒屋でディスカッションをする中で浮かび上がってきたのが「時間」というコンセプトだったといいます。世界共通の概念である時間を軸に商品を作ることで、難しい説明をしなくても、「これは7時に飲むお酒だ」と商品を理解してもらいやすくなります。
今では、この時間というコンセプトを使って、ギフトにHINEMOSを活用する人も増えてきました。
「9時に生まれた人にKUJIを渡したり、34歳になった人にSANJIとYOJIを送ったり、色々な使い方で楽しんでいただいています。HINEMOSというブランド名は『一日中』という意味なのですが、意味も合わさって覚えてもらいやすいようです。やはりこのコンセプトで商品を作ってよかったなと思っています」
父の日限定商品はこちら:https://hinemos.tokyo/pages/fathersday-2023
ある種、徹底した日本酒初心者視点だからこそできたHINEMOSのお酒造りの裏側が見えてきました。そして、HINEMOSの工夫は、お酒の造り方だけではありません。酒屋さんなどの小売店での販売が圧倒的な日本酒業界において、HINEMOSは初めから別の方法をとっていました。
「いま、HINEMOSを買ってくださっている多くは20〜30代の女性です。僕たちの商品って酒屋さんや問屋さんには卸していないんですよね。オンラインやポップアップで直接お客様に売るか、飲食店やホテルと直接やり取りをして販売しています。その分、柔軟に価格設定しやすく、お客さんにとっても手が届きやすい価格になりやすいかもしれません」
コロナ禍では落ち込んでいたオフラインの売り上げが再び伸び始め、2023年現在ではオンラインでの売り上げが6割、飲食店・ホテルでの売り上げが1割、ポップアップでの売上が3割になったといいます。
「ルミネエストやソラマチなど、街中でちょっとおしゃれな雰囲気でポップアップを開催すると日本酒に詳しくない方が沢山集まってきてくれます。『なんかおしゃれなボトルがあるぞ』と日本酒だと気付かずに近づいてきてくれた方が、試飲して『これが日本酒?美味しい!』って驚かれるんです。味が美味しいという自信があるので、実際に飲んでもらう機会が増えるのは大事だなと思っています。
それに、ポップアップをしたエリアでは、オンラインの検索数も上昇する傾向にあります。ポップアップでチラシをお渡ししたり試飲してもらったりするので、認知が上がるんですよね。相乗効果があるので、ポップアップは今後も力を入れていこうと思っています」
初めから海外進出を見据え、自分たちで売るスタイルで躍進を続けてきたHINEMOS。今年の夏には初の直営店オープン、さらには海外進出を実現しようとしています。
「2023年7月に、中目黒の駅前に直営店をオープンすることになりました。ポップアップやオンラインに加えて直営店でもHINEMOSのお酒を楽しんでもらえます。
それから、シンガポールに会社を設立して、現地でも販売を進めていきます。シンガポールでイベントをやって、4,200円〜16,000円の日本酒を販売してみたら、16,000円の日本酒が1番売れていくんです。場所によって変わると思いますが、日本酒にこんな価値を見出す場所もあるんですよ。まずはシンガポールから始めて、香港や中国、台湾、ベトナムなどにも広げていきたいと思っています」
“新参者”として日本酒業界に入ってきたからこその、新鮮な観点と戦略。たった5年で海外進出まで実現しようとしているHINEMOSの飛躍には驚きです。しかし、根本にある思いはあくまでも「日本のためになるかどうか」だと酒井さんは繰り返します。「社会的な意義がないと続けられないと思っています」と語る酒井さん率いるHINEMOSが切り開く、新たな日本酒の在り方には今後も注目です。
初の直営店オープンに伴い、クラウドファンディングを実施中です。詳しくは下記URLよりご覧ください。
期間:6月12日(月)11:00〜7月3日(月)18:00
URL:https://www.makuake.com/project/hinemos04/
代表者:酒井優太
住所:神奈川県小田原市鬼柳138-25
コーポレートサイト:https://ricewine.co.jp/
HINEMOSオンラインストア:https://hinemos.tokyo/
撮影:大嶋千尋(オフィシャルサイト)
事業再構築