ワインに一本数億円の価値がつく時代。お酒の価値はどんどん跳ね上がり、海外では1本60万円の値がつけられた日本酒も存在しています。そんな世界の市場とは裏腹に、国内では数千円の日本酒がまだまだスタンダード。そんな中、1本数万円の高価格帯で日本酒を売り出し、日本酒業界でひと際異彩を放っているのが今回ご紹介する株式会社Clearです。
Clearの手がける事業は2つ。日本酒専門WEBメディアである「SAKETIMES」「SAKETIMES International」の運営と 、ラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」です。「ラグジュアリー日本酒」という新たなジャンルを開拓し、常識にとらわれない施策を次々に打ち出すClear代表取締役CEO 兼 SAKE HUNDREDブランドオーナーの生駒龍史さんに、ブランド立ち上げからコンセプトを作るうえでのこだわりまで、お話を伺いました。
今では多くの酒蔵と関係性を築き、魅力的な日本酒を世に送り出している生駒さんですが、意外なことに学生時代はお酒にあまり興味がなかったそうです。
「僕は体質的にお酒がすごく弱くて、カシスウーロンみたいな度数の低いお酒ばかり飲むようなタイプでした。特に日本酒はアルコール度数が高いし、得体の知れないお酒というイメージで、どちらかというと苦手意識が強かったですね。だから、まさか日本酒が仕事になるとは夢にも思いませんでした」
日本酒と縁もゆかりもないままに、生駒さんは大学卒業後、事業を起こしてみたいという思いからECサイトを立ち上げます。そんな中、大学時代の同級生から「日本酒の会社を一緒に作ろう」という誘いを受けます。
「日本酒には興味がなかったので、最初は当然断りました。でも、『おすすめの日本酒を持ってくるから、美味しいと思ったら一緒に仕事をしよう』と粋なことを言ってくれて。そこで出会ったのが、熊本県酒造研究所の『香露』です。すごくまろやかでコクがあって穏やかなお酒でした。日本酒は辛くて飲みづらいという先入観があったぶん、大きな衝撃を受けたんです。
調べてみると、その日本酒を生み出したのは“お酒の神様”と呼ばれる野白金一さんという方でした。個人の経験や勘に頼る酒造りから科学的で再現性のある酒造りへ改革を行い、現在の日本酒のスタンダードな技術を確立した人です。日本酒という業界を改革していこうとしている自分が、最初に出会ったのがお酒の神様が作ったお酒だったことに、宿命のようなものを感じましたね」
「香露」に魅せられて日本酒業界に飛び込んだ生駒さん。当然日本酒業界との繋がりはゼロからのスタート。家系や地域との繋がりが深い日本酒業界で関係性を築くことは簡単ではありませんでした。しかし、自分のように、美味しい日本酒があるのに気づいていない人がいる。まずは“知る”ことから日本酒の魅力を届けようと考え始めたのが、酒蔵紹介や日本酒に関する情報を発信する「SAKETIMES」の運営です。
「5代10代前から関係性が続く業界で、ベンチャー企業の参入はすごく特殊なんです。最初は相当いぶかしがられましたし、取材の依頼も何度も断られました。なので信頼してもらうための努力はかなりしましたね。関係性の構築に裏技はなくて、大切なのは酒蔵の方にとにかく会いに行くことだと思っています。ひたすら全国の試飲会の情報を集めて、自分で参加費を払って、名刺交換や取材を依頼して、という繰り返しでした。
話をしていると『今度蔵に遊びに来てよ』と言ってくれることも多いんです。僕はそう言われたとき、全国どこであろうと絶対に行くと決めていました。なぜなら、100人がそう声をかけられたとして、本当に行く人というのはその中の1〜2%だと思うんです。僕はその1%になりたかったし、この業界で信頼を得ようとするなら人より何倍も努力すべきだと思うんです。単純に酒蔵の方のお話を聞くのも本当に楽しかったので、全然苦労はなかったですね」
Clearは設立当初から「日本酒のファンを増やし、日本酒市場を広げていくこと」を大切にしています。日本酒を知ってもらうために始めたSAKETIMESの活動は来年で10年目を迎え、海外版の「SAKETIMES International」をリリースするほどにまで成長しました。様々な酒蔵で取材をする中で、業界の知見やネットワークを得られただけでなく、日本酒の魅力にどんどん引き込まれていった、と生駒さんは語ります。
「酒蔵さんの話を聞けば聞くほど、日本酒の多様性や美味しさ、酒蔵さんの意欲に魅せられて、日本酒への確信がどんどん強くなっていきました。次第にメディアよりももっと経済的にインパクトを与える関わり方をしたいと思うようになったんです。
また海外での経験からも大きな影響を受けました。香港に行ったときに衝撃だったのは、当たり前のように日本酒が1本30万〜40万円で取引されていたこと。美味しいお酒には数十万円を出す人が世界にはいるというのは大きな学びでした。
アメリカの月桂冠なんてまさにカルチャーショックでした。社員30人のうち27人ぐらいは現地採用なんです。ドレッドヘアーやスキンヘッドのお兄さんがお酒造りをしているのを見て、日本酒はアメリカでも地酒になって定着しているのだと感じました。そういったグローバル性、高単価、主体的な関わりという3点が重なり、酒蔵と組んでブランドを作りたいという思いが強くなりましたね」
そうして2018年に新事業として立ち上げられたのが、日本酒ラグジュアリーブランド「SAKE HUNDRED」です。これまでの日本酒業界にはなかった「ラグジュアリー」というカテゴリー。ブランドの方向性を決めるきっかけは、ある本との出会いだったそうです。
「SAKE HUNDREDを始めた当時、商品は1万6800円で販売していました。でも果たしてこれが日本酒の未来をつくっていく金額なのかと違和感を感じていて。Clearのテーマは“誰も踏み込んでいない市場を切り拓いて道にすること”なんです。1万円程度のお酒は探せばあるし、開拓されつつある道なので僕らの進む方向性ではない気がして。
そんな中出会ったのが、元エルメス本社副社長で、現在Clearの社外取締役である齋藤峰明さんの著書『エスプリ思考』です。本の中でインタビュアーが問いかけるんです。『齋藤さんが考えるエルメスの競合はどこですか?』すると齋藤さんは答えます。『強いて言うなら虎屋です。虎屋の商品は、和菓子を作る職人の心意気や伝統、お客様との接点を大切にする心がそのまま伝わってきます。ラグジュアリーブランドも同じで、マーケティングで成長するわけではなく、モノづくりの精神や文化を伝えていくモノづくり企業なんです』この言葉に『これだ!』と思って、もう夢中になって読みましたね。『自分が目指すべきものは高単価やプレミアムではなく“ラグジュアリー”なのだと確信しました」
“日本酒のラグジュアリーブランド”という新たな市場で、1本数万から数十万円という価格で商品を売り出すことにしたClear。意外なことに日本酒業界からは歓迎の声が多かったそうです。
「歓迎される理由は2つあって、1つ目はSAKETIMESへの信頼が既にあったことが大きいです。『SAKETIMESさんのような丁寧なメディアがブランドを作るなら僕らも安心だ』という声もいただきました。2つ目は、そんな反発をしていられないほどに日本酒業界が苦境に立たされているからです。日本酒の単価の低さは本当に大きな課題で、市場はどんどん縮小傾向にあります。なので高単価市場ができて日本酒全体の単価が上がることは、業界にとっても悲願なんです。
逆に消費者や小売店の方が厳しかったですね。なんで数千円で美味しいお酒が飲めるのに3万円も出さないといけないんだ、と。しかも販売しているのが僕らみたいな東京のベンチャー企業なので、拒否反応は大きかったです」
金額に対する批判の声には今の日本酒業界の課題が大きく影響していると生駒さんは言います。
「なぜClearの日本酒は高単価になるのか?と聞かれるたびに悔しいんですよ。回答の1つとしては原価が高いからってことになるんですが、そうなると永遠に原価率は下がらないままです。高級ワインやルイヴィトンなどのブランドに対して、値段の根拠なんてみんな気にしませんよね。それは品質や職人の技術の高さ、市場の幅広さをみんな理解しているからです。例えばワイン市場は下は数千円から上は数億円までとても幅広い。数千円と数億円のワインは全く別物ですよね。でも日本酒の市場は狭すぎて数千円と数万円の商品が同じ土俵で評価されてしまう。だから商品価格に対して議論が生まれるんです。
その考え方を払拭するために僕らはラグジュアリー日本酒で単価を上げて日本酒市場を今の数倍にしていきたい。そうなれば僕らだけでなく、酒蔵や酒米農家などサプライチェーン全体が儲かるようになると思うので。値段に対する疑問自体が出てこなくなることが僕らの1つのゴールですね」
そんなゆるぎないテーマを掲げ、日本酒を作ってきた生駒さん。SAKE HUNDREDの日本酒は1つ1つの商品がコンセプトから丁寧に作り込まれ、独自の世界観を確立しています。看板商品である「百光(びゃっこう)」は販売されて即日完売になるほどの人気で、世界的ワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」やフランスの「Kura Master」を初め様々な大会で、その味わいが高い評価を受けています。そんな多くのファンの心を掴んで離さない日本酒は、どのように生み出されているのでしょうか。
「意識しているのはコンセプトの段階で理想を描ききることです。ラグジュアリーというのは絶対的に価値を持つべきものなので、日本酒作りの技術的な制約などは一旦取り払って、とにかく頭の中にある理想を追い求めます。『百光』の場合もまず最初に考えたのは『お客様にどういった体験をしてもらいたいか』です。その後に味わい・香りを決めていくと、自ずと共同開発したい酒蔵さんも決まってくる。原価や原材料を考えるのは一番最後ですね。こんなふうに抽象度の高い部分をどこまで具体化できるかが大事なポイントだと思っています。
後は、あまり他の酒蔵さんではやらないんですが、オーク樽でお酒を数日間貯蔵してスモーキーな香りや旨みを実現させたり、日本酒の熟成にも挑戦しています。こんな風に原材料や製造工程にもこだわっていますね」
「ただ最も大切なのは、購入していただいたお客様が価値を感じるかどうかだと思います。『この金額を払ってこの感じ?』は絶対に駄目。商品を購入するお客様は“SAKE HUNDRED”というブランドを以前から知っていて、『いつか飲みたいな』という憧れを持ってくれているかもしれない。そして期待を持って商品を購入する。高い買い物をしたわけですからドキドキしながら商品を待っていますよね。すると洗練されたデザインの箱が届いて丁寧にリーフレットまで沿えてある。あけてみると商品には高品質保証がついていてボトルも重厚感があってかっこいい。飲んでみるとすごく美味しい。気になることがあってカスタマーサポートに問い合わせてみたら数時間で丁寧な回答が返ってくる。この一連の“体験”こそが、金額に見合ったものでなければいけないと思います。なので商品を購入いただいたお客様に向き合って、最高のブランド体験をしてもらうことが一番大切だと考えています」
ゼロからのスタートから唯一無二の“ラグジュアリーブランド”を開拓してきたClear。5月15日に発売されたばかりの「礼比(らいひ)」では、氷温熟成という新たなジャンルに挑戦するなど、今後の商品開発にも意欲的です。
「熟成酒はやはり力を入れていきたいジャンルです。海外輸出を考えると、精米歩合よりも『10年寝かしている熟成酒』と売り出した方が価値が伝わりやすいと思うんです。味わいで言うと、酸の使い方にもこだわっていきたい。やはり海外の方はワインを飲みなれているので日本酒を甘すぎると感じる方が多い。なので海外で馴染みのある酸味を取り入れて、日本酒の魅力を知ってもらうきっかけ作りをしていきたいですね。おいしさは国境を超えると思っているので。
事業展開で言うと、オフラインでの販売も増やしていこうと思っています。昨年3月に小売りを解禁してから百貨店や三ツ星レストラン、ラグジュアリーホテルなどでの売上も伸びています。やはりオンラインで売るよりもプロのソムリエや百貨店の販売員がプレゼンした方がお客様に魅力が伝わるし信頼感も増すと思うんです。なのでBtoBの販売というのは力を入れたいと思います」
日本酒市場の拡大という大きな目標を掲げる一方で、商品開発やお客様へのサービスでは細やかな丁寧さが印象的なSAKE HUNDRED。繊細さと大胆さを兼ね備えた、唯一無二のラグジュアリーブランドとしての風格を感じられます。
「SAKE HUNDREDの事業が軌道に乗り始めたのはここ2・3年で、会社を立ち上げて7年くらいはお金が足りるか足りないかのギリギリの状態でした。そんな中でなぜここまでやってこられたかというと、日本酒が好きだからに限ります。日本酒に関わっていること自体が僕の生きる意味になっているんです。僕は『諦める』というボタンを破壊しているんです。最初からやり続ける選択肢しかない。それこそが僕の最大の強みですね」
最後にそう言って笑った生駒さん。日本酒の可能性を信じて疑わない姿勢こそ、日本酒市場を広げる1番の突破口となるのかもしれません。
代表者:生駒龍史(代表取締役CEO)
住所:東京都渋谷区渋谷1丁目17₋4 PMO渋谷9階
電話番号:03−6455−3496
公式サイト:https://clear-inc.net/company
SAKETIMES:https://jp.sake-times.com/
SAKETIMES International:https://en.sake-times.com/
SAKE HUNDRED:https://jp.sake100.com/
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撮影:関口史彦(オフィシャルサイト)
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